……今度は一緒に……
〜夢見る雪見障子〜
「ねえ、雪ちゃん。ここからお庭が見えるんだね」
さっきからみさきが興味津々でずっと見入っていたもの、それは雪見障子だった。
障子の腰板の代わりに硝子がはめ込まれて庭が見られるようにいる。もっとも、彼女の興味を引いたのは、框のレール状に引かれた溝にはめられ上下する小さい方の障子だったのだが……。
「それ、雪見障子って言うのよ」
「へえ、雪ちゃんと一緒だね」
妙なところで感心するみさき。
昔から、彼女は好奇心旺盛だった。小学校に上がった頃から知っているが、一所でジッとしていることがなど絶対なく、気が付くと何処か飛び回っていた。「みさきと一緒だと飽きない」ので、自然と仲間が集まってくる。わたしもその中の一人。そしてわたしは、そんな彼女がとても羨ましかった。
そんな彼女だから、わたしの家が古い日本家屋であったことに心底驚いていた。古風な鬼瓦に驚き、門構えに驚き……。中でも一番のお気に入りはこの雪見障子だったようだ。それ以降、わたしの家に上がり込む機会があるごとに、その雪見障子をスライドさせ、庭を観賞していた。
そう……あの日が来るまでは。
「もう、お庭も見られないしね……」
そう言ったみさきの涙混じりで崩れそうな必死の微笑みをわたしは忘れることは出来ない。それ以来、みさきが家に来ることも無くなった。そのかわり、わたしが機会を見つけては、みさきの家を頻繁に訪れることになる。
……時が流れ
『部長の家に行ってみたいの』
そう言いだしたのは後輩の上月澪さん。言葉を発声することが出来ないこの女の子は、そんなことなんか感じさせないくらい表情豊かで表現力に溢れていた。
その日は、たまたま街で見かけたのだ。上月さんから駆け寄ってきた。ショッピングでもしていたのだろう。衣料品量販店の袋を抱えての二人連れだった。
日の当たる公園で、さっき買ったばかりのパタポ屋の新作クレープを囓りながら、上月さんはスケッチブックをわたしに見せる。
「いいわよ。そのかわりボロ家とか言ったら怒るけど」
『そんな事言わないの……』
「別におもしろくないけどね」
『そんなこと無いの』
ニコニコと微笑みながらそうこの子に言われると、まず拒めない。
「里村さんもいい? 付き合わせちゃって」
上月さんと一緒だった女の子に訊ねる。艶のある腰までの長い髪は、丁寧にお下げに編んである。まるで和製仏蘭西人形みたいな彼女とショートヘアの上月さんがと並ぶと、対照的で何故か微笑ましかった。
「よろしくお願いします」
彼女は、食べ終わったクレープの包装紙を丁寧折り畳みながらにっこりと微笑んだ
結局、このおかしな三人組で、わたしの家まで十五分ほどの路を歩いた。
家に着くと、早速、上月さんが興味を示し始める。今時、門構えがある家など珍しいのだろう。まるで、あの時のみさきと同じだった。
「古い日本家屋ですね」
「何せ、大正年間に建築だから貫禄だけはあるのよね」
感動して悦に浸っている上月さんを里村さんと二人がかりで説得し、家に上がらせると、今度は私の部屋までの廊下を見て
『駆けっこ出来るの』
とまたもや感動していた。
「……浩平が一緒のじゃなくてよかったです」
「なんで折原君と一緒じゃまずいのかしら?」
今にも駆け出しそうな上月さんを見ながら
「間違いなく、澪と競争します」
「……みさきと一緒ね」
「何故ですか?」
「小学生の頃、みさきが駆け回ったお陰で母から怒られたから」
『雪ちゃんも一緒に走ろうよー』
そう言った、あの頃のみさきが思い出された。
だとすると、当然あれにも興味を示すことだろう。わたしの部屋に里村さんと入ると、既に上月さんが興味深げに熱心に観察している物があった。
『お庭が見えるの』
もちろん、それは件の雪見障子だった。やっぱり、仕込みの障子を上下させている。
「やっぱり、研究対象はそこなのね……」
わたしは、溜息を一つこぼした。
「雪見障子ですね。澪も珍しいんでしょう」
「……ええ。昔、みさきもああして熱心に研究してたから」
「今は来られないんですか」
「来ないわ。お気に入りの風景が見られなくなってからは」
里村さんも言葉の意味を察したようだった。
「だから、それからは、わたしがみさきの家を訪ねるようになった」
わたしは、雪見障子にはめられた硝子から見える庭の彼方に視線を向けた。
「たぶん、みさきさんは誘われるのを待っています」
「そうかしら?」
「たぶん、お二人ともそこから外に踏み出すのが恐いだけ……だから、本当は待っているんです」
「そうかもね。なんだか、あなたが言うと説得力あるわね」
上月さんのは熱心さは相変わらずで、窓の外と、仕込み障子を交互に観察している。
その様子を見ながら、ふと、里村さんの言うとおりかも知れないと思った。今度、窓から見える風景に粉雪が混じる頃にでも、もう一度みさきを誘ってみよう。そこから一歩踏み出す為に……
そんなことを思いながらわたしは窓の外をずっと見つめていた。
〜fin〜