翼の下               佐竹涼一郎    一、翼の記憶 一九九二年五月   海軍原木飛行場 晴れ渡る初夏の蒼空の中、無機質の翼達が音速の壁を飛び去っていく。 彼の者達を追い求めて天の半球を望めども、 すでに実体はなく、かつて従えていた白い軌跡と残音だけが遥かに響きわたるのみである。 彼らの場所には、かつてそこを支配していた有機体の禽がかってのその繁栄を謳歌するかの如くに優雅に旋回している。  僕の乗った四駆車が突然ブレーキをかけて止まる。 「あれは、鳶ですね。大尉殿」  蒼く澄渡る空を見上げていた軍服の男が、 停車した七三式小型機動貨車の運転席から見上げながら言う。  後少しで青年から中年の入り口に差し掛かる彼の軍服のジャケットには、彼が中尉であることを示す階級章の他に、やや 違和感のある記章をつけている。 「そうだな。連中、空軍の戦闘機より余程優雅に飛びやがる。」 助手席から彼にそう答えた僕のジャケットには大尉の階級章と、彼の部下と同じ記章が付いていた。  その記章はできて数年しか経たない、帝國宇宙軍を示している。 ハレー彗星をかたどったその記章は本来ならば僕が付けるべき物ではなかった。その為、ことさらに、心の中では違和感 を感じていた。  米国ですら失敗している宇宙連絡機。それの日本版のパイロットである僕は、自分の中で本来そうなると決めつけていた 一人の友人の事を考えていた。 いつの間に動き出したのか四駆車は、中型の航空機が駐機してある間借りのエプロンに近づく。その機体に見合わない大 型のエンジンを背負った高翼輸送機は元来科技庁STOL実験機として開発された機体で、宇宙軍が引き取って輸送機に改 装したものだ。 「葦名、僕に本当に君の代わりが務まるだろうか。」 「今西大尉殿、何か申されましたか。」  宇宙軍中尉が僕にそう問うと、 「いや、何でもない。それじゃ行こうか、二本松君。」 そう言ってごまかした。  僕の呟きはどうも聞かれていたらしい。数ヶ月もあるんだ。追々また話すこともあるだろう。今は、感傷に浸るのはやめ にしよう。 その十五分後、輸送機−かつて「飛鳥」と呼ばれた機体は、自らの心臓を熱く燃やして西南の空へ向けて離陸した。  一九八五年三月            「日曜暇?」  昼休みの図書準備室で、星新一ショートショート集を読みふけっていると、葦名二朗が声をかけてきた。  僕が解答を出す前に葦名は続けた。 「部活もないし、横須賀に『記念艦』大和見に行かないか。」  葦名の家系は、軍人が多い。去年亡くなった爺さんは海軍の退役少将で、先の大戦で第一航空艦隊司令長官山口多聞大将 (終戦後に予備役編入。後の首相兼海相)の参謀長を務めていたことを晩年まで自慢の種にしていた。親父さんは、海軍予 備役中佐、父方の伯父さんは海軍の准将である。 その影響か、無類の軍艦好きである。 「別に構わないよ。」 葦名とは、小学四年生以来の腐れ縁だ。 同時期に転校してきた数人の内の一人だった。結局ウマがあったのだろう。以来、その一党とのつき合いは高校二年の現在 まで続いている。とはいえ、折角の休日に、野郎の集団行動というのも味気ない。  とはいえ、断る理由もないし、僕がヤツに輪をかけての軍艦マニアなのは本当だし、腐れ縁とはいえ気のあった仲間で行 くのだからまあまあよかろう。 「最上と、涼ちゃんと、英二にも声かけてあるから。」とまあ、こんな感じで話は纏まって、日曜になる。  朝六時に東急電鉄小田原線の原木本町駅で待ち合わせる。  最上良平、涼ちゃんこと葛西涼子、英二こと南部英二という、小学校以来の一党が集合している。肝心の言い出しっぺの 葦名が来ていないことに気付く。 「葦名未だ来てないのか。言い出しっぺのくせに。」 とはいえ、五人組フルメンバー揃うのは半年ぶりである。北口の噴水前に先に来ていた四人は、久しぶりに集合に或種懐か しさを覚え、その場が現状報告大会と化した。 「それでさぁ、長尾の奴がね……。」  リーダー格の最上が中学時代の同期生の現状を話し始める。 「へぇ、あの長尾と那須がねえ。」 「ところで、ジロさんはまだ陸上やってるの。」 そう尋ねたのは涼子だった。彼女は県下で一、二を争い毎年のように各帝大及び有名私立大に多数の合格者を出しその前身 は旧制中学にまで遡るという進学校の県立原木高校に通っている。 「県大会でいいところまで行ったんだけどね。」  僕と涼子を除いた葦名を含めた三人は、中学時代陸上部に所属していた。しかし部活動は余り熱心ではなかったようで、 顧問がいないときなど体育館横の空きスペースで野球まがいのことをして遊んでいた。当然、僕も加わっていた。校内に違 法駐車してある教師の車にビニールボールが当たりそうになり皆で冷や汗をかいたことなど一度や二度ではなかった。 そんなわけで、中学時代陸上部の記録が、葦名の三〇〇〇M県大会準優勝だけと言うのも納得であった。(その葦名です ら努力は個人的にやっていた朝晩のジョギングという最小限のものだけだった。)ついでに言うと、涼子はこの状況の中で も原木高校に受かった。 「だけど、あいつまぁだ陸上やってたのか。」 最上が言うと、 「大丈夫なのか。受験だって言うのに。いくら体育大受けるからって。」  英二が口を挟んだ。 「葦名もおかしいよな。マジで未だに宇宙飛行士になりたいだなんて。」と最上が言う。 宇宙へ行く。これは、僕らが葦名に出会った頃からの彼の夢でもあった。「走る」という事は彼なりに選んだ将来への一 種の投資だろうと僕は思う。 「悪趣味だよ。人の夢を笑うなんて。」 と涼子が戒めた。僕もそれは涼子と同意見だった。  そんな風に現状報告や昔話に花を咲かせていると、かなり遅れ気味に葦名がやって来る。「わりぃ、わりぃ」と葦名が言 ったのが先だったか、最上の「おせぇ。」と他の者のブーイング連合軍が先だったかは定かではない。 結局は、なあなあ の内に事態は収拾する。いつものことだ。 「南口に兄貴の車が来てるから。」  葦名の手引きで南口に行くと数台の違法駐車群に紛れて、四輪駆動車が一台停車している。二朗の兄の葦名太一郎空軍大 尉の車である。  ロータリーにはタクシーや神央交通の路線バスにまじって五ナンバーのプレートを付けたセダン車や東洋自動車製の3ド ア・5ドアセダンや中島製のベストセラー小型車などが数台違法駐停車しているが、その中において見劣りしない程の大き めの車体はかなり目立っている。どうも軍人というのは大きな車に乗りたがるらしい。自己顕示欲が強いのか、それとも職 業柄トラックなどの大型車に乗り慣れているからなのか。そう言えば、二朗の父親の葦名海軍予備役中佐もご多分に漏れず 当時としては珍しい3ナンバーの大きな車に乗っていた。郊外の新興住宅団地(少なくとも十年前の”荘ノ台住宅団地”は そう言われていた)の申し訳程度のガレージでは一台以上はとても収容できない。当然駐車スペースがすでに無いので葦名 空軍大尉はたまに実家に帰省すると、構わず自宅前の路上に駐車してしまうという。僕もその光景に何度か立ち会っている 。そうまでする大きな車へのこだわりは、どうも葦名家族に限ったことではないらしい。僕のこの時代の知る限りの、特に 軍関係者の家庭は大きな車が多い。どうやらこの当時、単純に、軍人には大きな車好きが揃っていたらしい。  大尉の四輪駆動車から軽快なクラクション音がする。 「二朗、いつでも出せるよ。」 待ちくたびれたらしい葦名太一郎空軍大尉が四駆車のドライバー席の窓に肘をかけてこちらを望んでいる。 「こんにちは。今日は、太一郎さんも来られるんですか。」 南部の問いに少佐は 「横須賀に君たちを送ったら入間に帰るよ。取り敢えず乗ってくれないか。」  横須賀へ向かう車の中では他愛も無い話に花が咲く。現状報告会の続編や一寸した昔話など一通り出切ってそろそろ今の 状態に飽きが来た頃、ようやく目的地についた。彼方の鉄の巨城が僕らを迎えてくれる。 「着いたよ。それじゃ、俺は行くから。」 「兄貴悪いね遠回りさせちまって。」 「マッタクだよ。これっきりにしてほしいよ。」「また頼むよ。」 「しょうがねぇなぁ」と笑いながら大尉が言う。「じゃあな」と兄弟の会話の後それじゃと皆に挨拶と排気ガスを残して視 界から消えていった。  横須賀には貴婦人が独りその艦体を休めている。かつて、其処が海軍の根拠地だった事を懐かしむようにそこに、そして 戦後暫くして、台北の基隆港に係留されたもう一人の彼女の同僚、主力航空母艦で記念艦の”天城”を偲ぶようにそこに佇 んでいる。  彼女の名は戦艦”大和”。  彼女は、この小さな帝國の連合艦隊の最後の旗艦だった。あの戦争が終わって連合艦隊はその輝かしい歴史を閉じ、変わ りに実戦部隊は縮小され海上護衛総隊に移管された。暫くの間彼女は、その小さな艦隊の旗艦を務めた。彼女は、戦争の余 波で急激に「民主化」されていくこの國をつぶさに観ていた。そんな彼女は何を想ったのだろう。退役して記念艦となりっ てのち、彼女は何を想うのであろう。それは、彼女の心の中で歴史の闇に埋もれるだけの記憶でいいのかもしれないし、僕 になどに計り知れようはずがない。 …そして理解出来なくてもたぶんいい事なのだろうと…。 日本で最後に建造された最強の戦艦。その誇らしくも麗しいその気高い姿を望むために人々は群がっている。しかし、彼 女は、その群さえも一つのキャンバスの中にとけ込ませて一つの絵を成立させるほどの気品のをも持ち合わせていた。 甲板にはやたらといちゃつく数組のアベック、地方からきた農業団体であろうと思われるバスガイドとツアーコンダクタ ーに導かれたバスツアー観光の一団、そして、たまの休日すら休息することが許されず家族サービスの為に貴重な体力と精 神力と時間を犠牲にされた父親とその家族が数組いて、甲板上はごった返していた。 僕たち五人組は比較的空いている所で高角砲群の前に陣取って写真を撮ることにした。 零式六五口径十糎連装両用砲。かって空から襲ってくる無数の鉄の猛禽達から彼女自身を守るために配置された鋼鉄の槍 の群も、今は、この春先の日曜の陽気の中、もはや誰一人として彼女を上空から襲おうなどとは思っていない三月の蒼く澄 み渡った天球を、唯、何かにとりつかれたようにその仰角の限りに俯角をかけ、虚しく虚空を睨んでいるだけだった。 「済みませんが、これで撮っていただけませんか。」  そういって涼子が観光客に手渡して扱い方を教えたものは、僕が彼女に預けた、十数年前の普及型の一眼レフのカメラだ った。気のよさそうな観光客は、煩わしそうに笑いながら自信なさそうにその旧式一眼レフカメラのピントを合わせて、 「はいチーズ」の声に一二枚撮りのフィルムを僕等のリクエストに答えて二枚ほど消費した。そして英二と僕の 「すみません、有り難う御座います。」の声に 「どういたしまして」 と少し照れ笑い気味に、頭を掻きながら、彼の妻と子供達がいる向こうの一団の中に混ざり込んでいった。 僕は暫くの間そこから広がる東京湾の彼方に遊弋する、帝國海上保安庁の航空巡視船”ひりゅう””そうりゅう”姉妹を 見つめていた。彼女ら姉妹も旧連合艦隊の忘れ形見、大戦型の正規空母の生き残りの内の二隻であり、S/VTOL機対応 のヘリ巡視母船に改装され戦後発足した海上保安庁に引き渡されて運用されている。  船首に描かれているブルーのマーキングが映えるその白い船体。それは、図鑑や博物館の模型、そしてプラスチック模型 のパッケージで観ることが出来る、かっての軍艦籍時代に施されていたのダークグリーン系の迷彩よりも、ずっとシンプル で観る者の感情を和らげて、傍観者である僕ををどこか爽やかな気分にさせてくれる。 そんな空にとけ込むような彼女らとその同僚達をぼんやり眺めていると、 「タケちゃん、ジロさんがブリッジに行かないかって言ってるよ。」 と涼子が声をかけてきた。 「今西はどうするんだ。」 「今行く。英二と最上は行かないの。」 「俺らは、艦尾のヘリコプターデッキに行くわ。」と最上が言った。 「じゃあ、お昼に待ち合わせね。」 涼子がそう確約を求めると 「そいじゃそうしよう。」といって最上と英二は艦尾に向かって消えた。 僕たち三人は”大和”の戦闘艦橋まで登った。艦橋からの景色もまた涼子が「綺麗」だと無意識に漏らすほど絶景であった。 しかし、それでも、少し目を逸らすと、カバーが掛けられたオリジナルの洋上監視用の双眼望遠鏡の横に仮設された、観光 用の望遠鏡の「一〇〇円を御入れ下さい」とお約束の念仏のように書かれた文字、そして、僕等がそうだったように、ここ の絶景に気が付いてなだれ込んできた一部の観光客の群に窓際を占領されて、僕等は一気に興ざめしてしまった。 「他の所にいこう。」いいだしたのは誰だったのか。今となっては確かめようもないが、後の涼子の言葉を借りて言うなら ば、恐らく「三人一緒にハモッて」いたと言うのが正しい表現なのかもしれない。 涼子と葦名と僕の三人は人混みの中からそっと抜け出し、さらに上へと続く順路の観光用階段を昇った。 観光客用の仮設の階段通路は、かって其処にビッカーズ社製をコピーした毘式機関銃の設置してあったと思しき台座の寂 しげな痕跡を数カ所通り過ぎ、戦中戦後と増設していった年代物の電子兵装の横をすり抜け、やがて今は鳥の支配する領域 へと僕等を導いていった。 観光客の事故防止対策用に三六〇度全周に張られたフェンスにかけられた無数のコメント入りの南京錠が、目についた。 だけど、そんなモノでは僕等の視界を妨げるには不十分だった。 「わぁ!」と言葉にならない感情を表す涼子、「絶景っ…かな。」と僕。 「ヒュウー!」と葦名は口笛。  三人はそれぞれにこの大パノラマに感嘆の表現を漏らした。  蒼空に旋回する海鳥達の群は、やがて後方の僕等が生まれた頃に設置されたと説明書きされている大型艦用の八号艦載電 探や、頭上の一五M測距儀、そして観光用のフェンスと銘々思い思いの場所を陣取って翼を休めた。  僕等と鳥達の上空を一陣の風が過ぎ去っていった。風は甲板の比ではなかった。涼子は被っていた野球帽が飛ばされそう になるのを必死で押さえていた。  そのとき三人が上空を見上げると鋼鉄の翼を持つ禽達が僕等の頭上の蒼い天空を三本の軌跡を従えて飛び去っていく。無 機質の禽達もそのときは僕等や其処に翼を休めている鳥達と同じように有機質の感情と温もりを感じさせ、時間差の残音と 共に北の方位へと飛び去って言った。 「俺は、何時かあいつらを越えてみせる。」 鋼鉄の翼を持つ者達が飛び去った虚空に向かって葦名がいった。それは彼なりの決意表明だった。 そして、「ハハハハハ………」と何かおかしそうに葦名が笑うと、僕と涼子もつられて笑ってしまった。何がおかしいでも なく、理由もなく心から笑った三人に驚いてか、翼に束の間の休息を与えた海鳥達が、一斉に僕等と大和が共有する蒼い空 間へ飛び去っていく。 気が付いて安物の懐中時計を観るともうすぐ約束の時間だった。 「それでは、参りますか。助さん、角さん。」 僕がふざけて言うと 「誰が助さんよ。」と涼子が勢いで帽子から手を離した瞬間、「W」のマークが大きく入った横浜大洋ホエールズのキャッ プは風にさらわれて蒼空の彼方へと消えていった。 「あーぁ………。」 昼前の空に僕の後悔の念が漂った。 「悪かった、後でこうてやるから。」 「ほんとだよ。ジロさんが証人だからね。」「あぁーあぁー…………。」 「涼ちゃん、今西、急ぐぞ。」 予定された無駄な出費に頭を悩ませながら僕 ら三人は先のコースを急いで逆走した。風は相変わらず強かったがもはや飛ばされるモノもないし、そんなことに構ってい る暇はなかった。  どうせ今から急いだところで最上達にどやされることは目に見えていたが、それでも、僕等はそのロス時間を出来るだけ 減らそうと努力を惜しまなかった。 そうぼくらは時間が惜しかった。ぼくらの時間は少なかった。そのときぼくらは確かにそう思った。 しかし、本当に少なかったのは、それからの時間だという事にその時のぼくらには、そう、気付く余地は全くなかった。 二、翼の行方 一九八五年四月 (1) 新学期というのはいつも慌ただしくやってくる。そうやって僕たちの時間は、無意味に消費されていくように過ぎていく。 最初の授業は皆の自己紹介とオリエンテーション的に教師が何か新しく始まるこの一年度の展開や抱負を延々と続けること から始まると相場は決まっているようだ。 どの授業も同じ退屈な時間が過ぎて行くがそれでも試験や普通の勉学に励むよりは余程楽で緩慢に過ぎて行く。担任の受け 持ちはどうやら英語らしい、最悪の展開である。英米と同盟国である以上必要最低限の基本外国語であることは分かるんだが、 僕にはそれ以上に苦手なもとして存在していた。出来れば関わりたくない。 授業の間の休み時間は、間違いなく図書室に駆け込んでいた。図書室には自分の中の時間の流れを制御するような働きがあ るように思えた。実際、年度が変わって新学期が訪れたとしても、そこだけは変わらず同じだけの時間が流れていく。結局の 所主観的な時間が優先して流れているように感じているだけで、 午後の日差しの中の時間も、教室の中の時間も常に同じだけ一定量流れていることには代わりがないのであるが、そんなこと は僕の主観にとって見ればどうでもよいことであった。 少しでも和ましてくれる時間や、いやしてくれるモノがあれば、主観や感情は納得ずくで行動するのであろう。 放課後、僕がいつものように”さっちゃん”こと那須佐知子司書教諭に挨拶がてらに声をかけて図書準備室に入るとすでに そこには先客が作業用の大机の前で新聞を広げて陣取っていた。  葦名二朗である。 どうやら、今朝の朝日新聞の様である。 「ようどうしたんだ。新聞なんか広げて。」「これ見ろよ。」 つい今し方まで自分が見ていた新聞を一面の方を僕の方に向け手渡された。 「国鉄分割民営化案骨子纏まる。八七年には分割化の見込み。」  訳も分からず取り合えず、僕は一番の大見出しを読み上げる。どうやら国鉄の大赤字もここに窮まれりと言うことらしい。 概ね、数年前、つまり僕らが中学時代からマニアの間で囁かれていたことだ。今更持って目新しい事じゃない。何々、新会 社は北は北海道から南は台湾州までを七つのブロックと鉄道貨物会社そして国鉄清算事業団にわけて、さらに赤字路線をガ ンガン廃止するらしい。どことなくそこはかとない寂しさを感じる。 「それじゃねえよ。」 葦名がそう言うのでその脇に目をやる。 「ソ連邦海軍戦艦陸奥・伊勢、当方領海・新潟沖二出没セリ。」  これもいつものことだ。何々、威嚇射撃の構えを見せたので当方第一戦隊の戦艦金剛・比叡が威嚇警戒行動をとる。・・ ・なんてご苦労なことだ。旧世代の弩級戦艦、超弩級巡洋戦艦、八八艦隊計画艦の揃い踏みか…。確かに派手で贅沢な取り 組みだが…。しかし、同世代のメリーランド級、その後のサウスダコタ級など殆どの戦艦は当の昔に退役し鉄屑か記念艦に なっていて、世界中で現役の戦艦なんてもう数える程しかないというのにどんなもんだか。合衆国海軍のアイオワ級のアイ オワ、ミズーリ、大英帝国海軍東洋艦隊所属のキングジョージX級プリンス・オヴ・ウエールズ、そして、我が帝國海軍の 金剛級二隻(他二隻は予備艦)そして、ソ連海軍太平洋艦隊の例の二隻(それもこれも、先の大戦末期のどさくさで起きた 赤化叛乱が原因である)と東ドイツのビスマルク級ティルピッツとH級スレイプニール以上が世界の現役戦艦のラインナッ プだ。  どれもこれもいい加減旧式化して各国ともお荷物状態で早く手放したいと考えるくらいの骨董品である。しかし、退役寸 前の所を無理矢理に最新技術でオーバーホール(もしかしたらレストアに近いかも…)して延命処置を施し退役に待ったを かけている(金剛級などに至っては最新鋭のイージスシステムを搭載し、その姿はさながら、ミサイルのプラットホームと 化していて以前の面影などかけらも留めていない。せいぜい連装36糎砲四機が往時を偲ばせるぐらいだ)のは、ひとえに 高度に政治的な判断で、むしろその存在自体に大きな意味があると各国政府が考えたからである(日英米三国同盟の影響)。 帝國海軍が大和ではなく、金剛級を残したのは、最終改装後、最速三十三ノット(改装後の戦艦大和でも三〇ノット)とい うスコアを記録、フットワークの良さと運用効率の良さからである…らしい。 記事は、今回ソ連軍が骨董品を持ち出してきた経緯は、かつて、モスクワ五輪ボイコットに対しての報復的意味を込めた もので、現在筑波で開催中の万国博覧会に対する当てつけではなかろうかと推測されていた。 「それも違うって。」 痺れを切らした葦名は、僕の方に寄ってきて、 「これだ」といいたそうに、僕が勧められて読んでいた新聞を奪い取るように一つの記事を指し示した。 「ハレー彗星来年新春にも地球最接近。」 最近、日米が打ち上げる予定のハレー彗星探査機のイラストが掲載されいる。何でも、生命の起源はハレー彗星にあるので はと言う説まで述べられていた。 ふとその脇に目を移すと割と突拍子のないことが小さめの関連記事としてかかれている。 「帝國宇宙軍来春発足の見込みぃ…。」 どうやら葦名はこのことが言いたかったらしい。  宇宙への道が一本化される。これは画期的なことである。科技庁の外郭団体の宇宙開発事業団と帝國陸海空軍の宇宙兵器 開発部門が統合化されるという。日本人にして見れば、民主化以来のとてつもなく画期的な計画が推進されることになる。 当面は、現在詰めの段階に来ている計画で、JH−06型汎用大型ロケットに有人ユニットを搭載しての衛星軌道に打ち 上げ、それを宇宙軍の初仕事にするのだそうだ。つまり、アポロ計画の日本版焼き直し計画である。もちろん、月へ行こう などとは考えていなかった。  ゆくゆくは、九十年代前半に、合衆国が頓挫して当分お蔵入りになった往復宇宙機を”日本版<スペースシャトル>計画” として実行しようという。 確かに葦名が興味を持ちそうな話題である。 「府中からのメッセージ。」 取り合えず駄洒落で 「……。」 「府中の戦士。」 「……。」 「府中戦艦ヤマト。」 「………。」 二人の間にお寒い空気が流れる。 「………で。」 ひたすら寒く気まずい気まずい沈黙を破ったのは葦名の方であった。 「その記事どう思う」 「どう思うったってなぁ。」 コメントのしようが無い。どうやら、葦名は本気で、興味を覚えたらしいが、答えようが無い。すこし間をおいて 「ハレーが来るんだな来年。」 正直に率直な意見を葦名に対して述べた僕に、 「そうそう。」に葦名が一言。 どうやら的外れな切り出しではなかったらしい。そこで 「もしかして、宇宙軍に志願するのか。」 と彼が求めいていたとおぼしき質問に切り替えると、 「大学卒業したら一般士官候補生として志願しようと思う。」と言う手応えがある返事である。目指す道の入り口は、 必ずそこにあると確信したのだろう。  初心の志が潰えないというのは恐ろしくて、どこか、羨ましい。  何時かきっと、比較的近い未来に、彼の夢は、成就するに違いない。そう確信させる何かが、昔から、妙にそんな感じ をさせるところが葦名にはあった。  結局、僕がそれ以上彼の真意についてについて追求する気がなかったためその話題からはずれ、もっぱらハレー彗星の 話題に移っていき、しばらくした後 「それじゃ僕は、用事があるから。」と言い残して図書委員の葦名を残して、図書準備室を後にする。 「それじゃな」という葦名に後ろ向きのまま手を振った。今日の図書室は空いていて、なおかつ司書のさっちゃんもいる のでさほどの苦労はあるまい。本当は、葦名の方がカウンターのはずなんだが。 僕や葦名が通う原木北高校は、市の中心部に近い葛西涼子が通う原木高校などとは違い、市のはずれの下萩野に位置する。 少し北に向かって歩くと逢河町に隣接する地域である。山側を望むと荘ノ台住宅団地よりも古い世代に開発された鷲尾団 地の住宅群が眼に入る。山奥の割には案外開けている。元々、ここは、とある大学のグラウンドだったと言うが神奈川県 の公立高百校プランで買い取られた場所である。昭和五十二年開校で僕らが六期生という事になる。 学校を建設する段階になって地下から縄文期の道具類が多数発掘され、一年の工事遅延があったという。そのせいか創設 当初の三期ぐらいは東京帝大(新制)に合格者を出したこともある進学校だったが、ぼくらの頃には見る影もなく、すで に伝説の時代の出来事だった。もっとも、伝説と言えば、ぼくらから始まり十期にかけての時代もまた、ある意味で、後 々まで伝説の時代として語り継がれるようになってしまった。その点は余り追求するまい。 さて、僕や葦名は荘ノ台団地からバスで通うと高校まで大回りで一時間かかる。間を隔てる丘陵地帯を大きく迂回する ためだ。その為雨天以外の日(場合によっては雨天でも)は専ら、自転車の機動力に頼って片道三十分の軽い登坂を勤し んでいる。  グランド脇の時計は、四時半を回っていた。僕は、自転車置き場まで速攻で行くと、通学に愛用している自転車を引き ずり出して、スタートさせる。国道四一二号の混雑を尻目に全速力でこぎ出していく。裏道を駆使した結果、原木の市街 地に五時前には到着した。東急線のガード下にある普段からよく利用している無料の市営駐輪場に自転車を押し込むとチ ェーンロックをかけた。 原木本町駅北口の噴水前に行くと、約束の 相手は未だ来ていなかった。約束は、五時半のハズである。僕が少し早く来すぎた感がある。 ここは、原木の駅前では唯一目立つ場所である。そんなわけで、休日ともなると待ち合わせのメッカになる。(大体、 三月に記念艦”大和”を見に行ったときも葦名の都合で、地元の”荘ノ台住宅団地”バス停ではなく集まったのはここだ った。)他には似たようなビルばかりで、これと言った特別目立つ建造物がないせいか、休日でなくても、待ち合わせに 使われることが多い。 一寸した、憩いの場でもある。 あたりには、僕と同世代の高校生の集団やカップル、はたまた、新人歓迎会のシーズンでもあり、これから居酒屋にで も行くと予想される大学生の妙に気合いの入っている団体もいる。アレが体育会系というノリだろうか…酒を飲む前の馬 鹿騒ぎはやめにしてほして。 見ているこちらが恥ずかしくなってくる。  季節は春先。四月の五時台は未だ明るい部類に入る。  駅の北口から吐き出されたり吸い込まれたりする人の群の表情まで僕の両目とも一・五の視力では、手に取るようによ く分かる。駅方向から目を転じてみると、三井銀行の前の降車場から降りてくる学生や市内の高校の生徒の群が友隣堂や 淵田屋書店といった本屋や、ミスズヤ、大國屋といったレコード店に飲み込まれていった。 早めに来たことをやや後悔しながらそんな人混みに佇んでいた。 タクシーのロータリー前の噴水には”若き力”とかかれた巨大なオブジェがある。筋肉質の裸体の男がなにかを力任せ に引っ張り上げている。最上などに言わせると、「どう見ても中年親爺にしか見えない」”若き”力の像の足下をよく見 ると分かるのだがそれは波を表現している。波にワイヤーを固定してそれを力任せに引っ張っている、これは絶対変な像 だ。裸体なのはこの手のもののお約束として、何故この山奥で波を引っ張る必然性があるのか、そこらへんが理解しがた い。現代アートには計り知れない謎が多い。  夏場でも水不足を経験しないでいい神奈川のことである。それも水に困ることのない春先。噴水の水は何の遠慮もなく タイマー通りに一定のインターバルでその上空に水柱の弧を描き続けている。  冬場以外水を浴びない限りは、清涼感この上ないセッティングである。水面を覗き込むと、一円から十円程度の少額の 補助貨幣が無数に沈んでいる。何処にでもいるものだ。こういった噴水や一寸したデパートや市役所などにある溜め池に 小銭を投げ込む奴が…。神社仏閣にあるその手のものや、イタリアにあるというトレビの泉じゃ或まいに御利益でも期待 しているのかしらん。大体、神社のあれは、そこの社の収益になるのだ。神社や仏閣はいい。ここの小銭は何処に往くの か。恐らくは、それまでにいろいろな手続きがあるだろうが結局最終的には、原木市の雑収入なるのだろう…ああ、頭に 来る。市民の血税もかなりな額だという話、そのうえ、こんな収入まであるとは…。ゆ・る・せ・ん。 納税義務もないから払ってもいない税金と、 実際はどうだか分からない市の雑収入に対してやり場のない理不尽な怒りと妙な正義感の感情を抱きながら噴水の方を覗 き込んでいたその瞬間…。 「ワッ!」 ………。  僕の周りの時間と調和を完全に崩壊させたその声は、その時の僕が想定していなかった場所からかけられた。 「……っ!」 声にならない声とはこういう事を言うのだろう。驚きの余り発音表記さえ出来ない音声を発した僕は、前の縁の段差に漸 く両手をついて身が倒れるのを回避する。 体勢を立て直しながら振り返ると、葛西涼子がやや心配そうな顔をして立っていた。 「あにすんだよう。いきなり。」  両手と制服をはたきながら涼子に言ったまともな第一声は、彼女の行為に対する抗議の文句だった。 「大丈夫ぅ…。」 心配そうに彼女がそう言いながら手を貸してくると、流石に僕もさっきのクレームが大人げないような気がしてきて、 「…うん、平気だよ。そんなに心配すんなって。どうってこと無いから。」 「復活。ほらっ…。」 …って……、何笑ってるんだよ。 僕に別状無いことを確かめると涼子はクスクス笑いだした。 「クスクスクス……。ヤッター!」 ………。 「またかよ。」  僕は、涼子の方を向いてやや拗ねたように笑った。大体、小学校以来、何遍やれば気が済むんだろう。まあ、根本原因を つくったのも僕なので何も言えない。 そもそも、この何処の学校へ行っても、大概、学年五指に入る秀才少女と、僕を含めた他の四人が、こうして仲良くして いられるのは、小学校時代の僕が仕掛けた一寸した子供心のから出た他愛ない悪戯があったおかげでもある。 僕が荘ノ台団地に越してきたとき、丁度、新設校の荘ノ台小学校が開校した。開校当時から、見込まれていた児童数は大 幅に越え校庭に、仮設急造のプレハブ棟の教室を増設し僕らはプレハブ棟の方だった。 鉄筋コンクリート作りで黄緑色の本校舎と、僕らの仮増設のプレハブ校舎との間には小学生にして見ればかなり長い仮設 のこれもプレハブの渡り廊下が設置されていた。その渡り廊下というのが一寸くせ者で、妙なところで向こうが見えない程 度に屈折している造りだったのだ。 恐らく、勘の良い人間ならもうお解りだと思うが、一時期、その屈折を利用して妙な悪戯が流行したのである。そう、そ の屈折した角に潜伏して、 「わっ!」 ………。心臓の悪い人間に対しては洒落にならない効果を生み出す悪戯である。  僕と葦名が宇宙談義をしながら一緒に歩いていたときにいきなりやられたのである。仕掛けた男子は後で南部英二と自己 紹介した。後で分かったことだが、その英二も別の男子にやられて、今度は、その二人組で、僕ら二人を餌食にしたらしい。 脇で見覚えのない男子が、声をこらえながら腹を抱えて「ククク…。」と笑っている。これも後で自己紹介で漸く最上良平 という名前が判明する。それが、最上と英二との初対面の挨拶だった。こんな、結構酷い悪戯をされながら、何か憎めない ところがあるのがこの二人である。  憎めないがやっぱりどこか悔しい。そこで、今度は僕と葦名の共同戦線で、誰かを攻略することにした。最上は、この時 点で未だ声を殺して笑っている。「シーッ!」葦名の声に驚いたのか、英二が取り押さえたのが聞いたのか、漸く、笑いが 収まった頃…、 タタタタタタッ…!  軽快なリズムでかけてくる足音。  僕らは、獲物をねらう日本狼のように(ってどんな風なんだろう。実物は絶滅してるし…。)気配を隠して、カモが近づ いてくるのを待った。 秒単位の事でも緊迫していると永遠のように感じることがある。将にこんな時のことを言うのだろうとその時の僕は思った。 今にして思えば、なんて事はない、ホンの五秒以内の出来事だったのであるが…。 ……………………………………………………。  行動を起こした、僕らの目の前に驚いて立ちすくんでいたのは、なんと、女の子だった。 唖然とした表情でこちらの方向を見ている。 どうやら声も出せないくらい驚いているらしかった。 ……………。  ヤッ、ヤバイ!…………。  女の子は、眼鏡の下の二重瞼をパチパチと、瞬かせていた。ここで、僕ら四人が、逃散していたら、今の時代ほどでない にしろ大問題になって担任を含めた教師達に大目玉を喰らい、その上学年朝礼なり学級会なりで見せしめとして、吊し上げ を食ったかもしれない。  いや、逃散しようにも出来なかった。彼女以上に驚いたのは僕らの方だったからだ。  唖然としてそこに居合わせた五人は見つめ合い代わる代わるそれぞれお互いの眼を見合わせることになった。 最初に妙なこの沈黙を破ったのは彼女の方だった。 そして、 「……驚いたぁ……。」 「ごっ、ゴメン…。君、大丈夫?」 かなりのショックを受けていたらしい。責任を感じた僕は、やや後れをとりながらも謝った。 「ううん、大丈夫。」 女の子は、怒ってはいない様子だったが、何か、僕は後ろめたいものを後に残していた。 彼女は、体勢を立て直して足早にプレハブ校舎の方にかけていく。 「あいつどっかで見たことあるなぁ。何処だったっけ。」  最上がそう呟いたが、中休み終了後のチャイムの音にかき消され、僕ら四人はそれぞれの教室に吸い込まれていった。 その日の、昼休みのことである。僕と葦名が、一組の教室から出て渡り廊下に至ると中休みの二人組が同じように潜んでい たので。 「やあ。」と僕が声をかけた。 指揮官の最上が、「シー!」と制止するので 「こりねえなあ。」と葦名が苦笑した。 苦笑しながらも、仲間に加わるのが、葦名らしい。僕らは、やっぱり懲りてないんだろうなぁ。などと思いつつも、 やはり、獲物をねらう西表山猫のように(って、だから、どんなだって!)息を潜めて獲物を待った。 しかし、……。 「ワァッ!!」 驚かされたのは僕らの方だった。 「また、そんなことやってるんだ。」 人間とは想定しない方向からの攻撃にはとてつもなく脆くできているらしい。まさか自分たちの背後から、自分たちの やろうとしていた衝撃を食らうとは思っても見なかったのだった。 やっとの事でショックから立ち直った僕らが振り向いた先にいたのは、………。 「ゲッ…。」  先程の女の子だった。 「クスクスクス…。これでお相子だね。」  女の子はクスクス笑いながら、そう言った。 「……………。」 僕らは唖然としてしまった。まさか、さっきの反撃を食らうとは思っても見なかったからだ。僕らが絶句していると、 彼女はいきなり、 「私、葛西涼子っていいます。ヨロシク!」と勝手に自己紹介をした。僕らは、完全に彼女のペースにはまってしまった ようだ。 「さっきは、ゴメン。僕は、一組の今西猛。そっちは僕と同じ組の…。」そう言いかけると、 「葦名二朗。」と素っ気なく言う。 「一組じゃ、隣だね。」 「そう言えば、そこの二人の名前未だ聞いてなかったっけ。」 僕は、思い出していった。 「おれは、…。」と最上が言いかけると、 「最上良平君と南部英二君でしょでしょ。」涼子は、サクッと答えた。 「何で俺の名前を…。」  最上は驚いていた。何しろ、自己紹介する前に涼子に答えられてしまったものだから。 そして思い出したように、 「あっそうか、思い出した。葛西涼子って…、おまえうちの組の学級委員じゃなかったか。」 「…って、今頃気が付いたの。」 涼子は、多少あきれた表情になりながら、 「まあ、しょうがないよね。新学期始まってすぐだしね。」 結局、 「これからよろしくね。」という一言からその後の、五人組がここに形成される事になったわけで…。 言葉を濁しているのは理由がある。涼子は、この悪戯の結果、フェイントで人を驚かすことにある種の快感を覚えてしま ったようで事或ごとに、僕らが予想も付かないような方法で仕掛けてくることになる。  なんとその成功率は、四割を越える。それが、野球の打率としたならば、たとえどんな球団でも引く手あまたの歓迎を 受けることだろう。昭和六〇年当時の大洋ホエールズやヤクルトスワローズ、大学野球の東京帝大などは特にそうだろう。 ともかく、小学校時代から延々と繰り返されてきた悪夢に今回もまたハメラレタ僕だった。もはや怒る気もしない。 僕は時刻を見るために制服の第二ボタンを開けて(と言うのもカラーと第一ボタンは常に開いていたから)、安物の懐 中時計を取り出すと時計の時刻は、五時半を丁度指していた。ヴーム遅いともいえない。どう文句をつけよう。  一部で最近話題のコンピューターゲーム”オホーツクに散る”でおなじみの「ボス、どうしやすか。」や”信長の無謀” の「○○様ご命令を、」の文字が今にも眼前に浮き上がってきそうなそんな雰囲気の空気が流れている。しかし、困った ときの「聞き込み」や、「訓練」のコマンドは僕には用意されてはいなかった。 「行こうよ、時間無くなっちゃうよ」 痺れを切らした涼子が急かし始める。 面倒くさそうに僕は、涼子の顔を見た。最近では珍しく眼鏡をしている。そう言えば横須賀に皆で”大和”を観に行った ときは確か未だコンタクトだったと思った。中学校の三年の終わり頃からずっとコンタクトだったハズだ。まあいいや、 眼鏡の方がかわいいから。取り合えず今は…、 「何処か行くんだったけか。」 そういって、ワザととぼけて相手の出方を観ることにした。 「”大和”の帰りの約束、お忘れになられたわけではないでょうね、そこのせ・ん・せ・い。」 ………。   横須賀の帰りの電車の中で例の帽子の件が持ち上がった。その時の僕の財布の中身はと言うと、この後の皆での晩飯の 外食会につきあったら、後は交通費と千円程度残るだけである。ある意味、その場凌ぎの言い訳が、葦名を保証人とした、 約束として成立していたから困った。「悪い来月にしてくれ。」僕が思わず言ってしまったことで、今日になったわけだ。 涼子の性格は、悪い方ではない。いや、むしろ、他人想いで優しい。ときとして、鋭い本音の会話や、偶にある多少棘 のある物言いは、僕ら五人組のつきあいが長い分の他では見れない役得と考えても支障はない。妙におとなしい娘より、 つき合いやすい。その上容姿も、世間で言う標準以上には、やや童顔で かわいい部類に入る。  ただし、一つだけ最大の欠点があった。抜群の記憶力である。 この記憶力が彼女を秀才にしている要因の一つであるが、これが、学業以外のことで使用されると、偉いことになる。 約束や、不可抗力以外で被った災難を逐一覚えているのである。しかも、大まかな日時まできっちりと……。  今回の僕も、その能力に引っかかった。 恐らく、このまましらを切り通しても、よい結果にはなるまい。結局は、端から折れるつもりでいるから今、ここに来て いる。もし、この約束をすっぽかしたりしたなら七代先まで祟られよう。 冗談はともかくとして、涼子と買い物と言うのも満更悪い気をしない。五人組の中でも葦名の次にウマの合う相方だし、 少なくとも、これだけの器量好しの女の子とのカップルなど滅多にいないだろう。(特に、茶髪のネーチャンが幅を利かす 昨今のご時世では。別に、茶髪がいけないと言うのではなく、これは単純に僕個人の好みです、悪しからず。) 「マイロードとダックシティーは高いから、伊能ヨーカDOか、忠節屋でいいね。」 取り合えず、この場は出資者の僕が取り仕切ることにした。 原木市街には百貨店大型スーパーの類がやたらとある。一つは、駅ビルのマイロード、やや離れたところで、バスターミ ナルがある東急通りのダックシティー原木百貨店、一番町通りの東急ストアと佐世保屋、やや市街地のはずれにあるが忠節 屋、大スペースの駐車場二つと立体駐車場が売りの伊能ヨーカDO。そのうちでも品揃えと交通の便という強みからか最近 では、ヨーカDOとマイロードの客入りが抜きに出ているのがシロート眼にも分かる。忠節屋は品揃えはともかくとして、 やたらと安いプライスで勝負に出ている。前二者に喰われてそのうち滅びるのが関の山だろう。結局元の中心的市街地”元 国道通り商店街”と同じ運命を辿ることになるのが目に見えている。 「いいよ」  涼子は、眼鏡の奥の瞳に笑みを浮かべた。僕は、どうもこれに弱い。 ともかくも、ヨーカDOでは一階の帽子コーナーにまずは立ち寄る。キャップだけで何種類もある。有名スポーツメーカ ーのロゴが刺繍してあるモノ、無地のもの。最近では、プロ野球球団のロゴ入りのものが主力ではないらしく多種多様化し ているが、それでも、いわゆる、”野球帽”は今でも健在だった。巨人、阪神、中日、ヤクルト、廣島、近鉄、阪急、太平 洋倶楽部、南海、日ハム、ロッテ、……。   他の十一球団には目もくれず、涼子が手に取ったのはやはり、横浜大洋球団の”W”のロゴのは入った”ホエールズ”キ ャップだった。 「………、好きだね。それが…。」 「やっぱりね神奈川県民はこれでなくちゃ。」 「それでは、オリオンズの立場は…。」 「有藤が嫌い。」  まあいいか。有藤はともかく、僕も、大洋の方が好きだし。  涼子が大洋ファンなのは、僕と葦名と三人で大洋戦を観戦した帰りに、たまたま、高木豊選手と屋敷要選手に出会い、涼 子は高木選手に、僕(やや大洋びいき)と葦名(巨人ファン)は屋敷選手に握手とサインボールとをもらったのが原因だ。 結局、葦名は巨人ファンを止めなかったが、涼子は、当時何処のファンでもなった事も影響してか、一気に大洋ファンにな った。その傾倒ぶりは異常に激しく、彼女の前で大洋の悪口を言おうものなら、誰彼構わず大論戦を展開した。当然、最大 の口論相手は巨人ファンの葦名だった。一時期、絶交状態になりかけたが、最上(近鉄ファン)と英二(特になし)の取り なしで、何とか収まり、今は、その点について言及しなければ、以前のような良好な関係に戻っている。現在は、葦名と涼 子が揃っている前では野球の話はタブーとなっている。特に、大洋−巨人戦は鬼門だ。(今現在は、涼子が大洋の帽子を被 ることについては葦名は黙認している。) 野球帽を入れた袋を満足げに胸に抱えた涼子をみながら僕は、これが本当に原高五指に入る秀才の姿だろうかとふと想っ た。制服さえ原北のものと交換すれば、絶対、うちの生徒と区別が付かなくなる。うちの生徒の一部の真面目な連中はこん な感じだろうか。 結局、物事は、影絵の裏表、脚色されているものを或程度斜に構えなければ、本質や、本来意味するものを的確に判断す る材料は得られない。涼子の場合も同じで、世間で通っている秀才と言う脚色を或程度はぎ取ってしまわなければ、彼女の 本当の良さも、本質も本音も、みんな分かりはしない。本来の彼女に触れられる、五人組の立場を僕はうれしく思った。彼 女から見る僕らもまたしかりだからだ。 時間の余った僕らは、玩具売場に足を延ばした。僕の興味は鉄道模型だったが、ふと、隣のショーケースを覗くと、昔懐 かしい”地球独楽”がおいてあった。これは懐かしい。ロケットのジャイロコンパスの簡易模型の様なもので原理は同じだ。 葦名との出会いも、これがきっかけのようなものだ。 僕が未だ越してきたばかりの頃、ふらりと近所の比較的大きな公園に行くとベンチの上で同年代の男子が、何かで遊んで いた。 「ねえ、それなんだい。」 物珍しそうに覗き込んだ僕に、 「地球ゴマってんだ。」 といってその男子は自慢げにその珍しい物体を見せてよこした。 「こうやって…。」 器用に糸を巻いた男子は 「セェーノッ!」というかけ声とともに一気に巻き付けたいとを引っ張った。  独楽は妙な回り方を見せた。内側の回転部が勢いよく回っているのに、外側の枠は回らない。内側の独楽の部分が枠によ って前後左右に自在に動くようになっているらしい。男子は、独楽を指の上に載せて、指を傾けて見せた。フレームは傾い たが、独楽は回りながら地上に対して水平に回り続けた。 「すげぇ。どうしてそんな回り方するんだ。」 僕は、矢継ぎ早に感嘆の言葉と、感動と、質問の嵐をぶつけた。 「すげぇだろ。これロケットの中に入っている”ジャイロ”と一緒のものなんだ。原理は…。」 彼は自慢げに説明をしはじめ、僕は一々感心して頷いた。そして、 「俺の夢は宇宙飛行士なんだ。」 と目を輝かせていった。 「君なら、絶対になれるよ。」  僕は、そう確信してそう言った  その日は、彼と夕方までそれで遊んでいた。次の日、早速、親にせがんで同じものを買って貰い、その次の日にまた公園 でその男子と遊んだ。僕らは、春休みの最後の日、四年生が始まる前日にはすっかり仲良しになっていた。 そして、僕らは、同じクラスになって、漸くお互いの名前を知った。それが、葦名との出会いだった。 僕が、ショーケースを覗き込んでいると、涼子も、興味を持ったらしく気が付くと隣で覗き込んでいた。 「地球独楽でしょ、これ。昔流行ったよね。」「僕も一つ持ってる。葦名も未だ持ってるよ。」 「ふーん、ジロさんも持ってるんだ。」 「これが、僕らの始まりだ。これが無かったら、僕らは五人は逢わなんだかもしれんよ。」  そして、僕は、涼子に僕らのこれに纏わる話を聞かせた。  涼子は例のクスクス笑いをして、 「ジロさんとタケちゃんらしい。」 「どう言うことだよ。」 「分からないことを分かるときが来るまで無理をしないで分からないままにしとくとこ。」 クスクス笑いは未だ続いていた。 「私だったら、」 涼子は、真面目な笑顔に戻って 「名前、最初に聞くと思う。それがたぶん一番大事だと思うから。」 「そんなもんかなぁ。」 僕は腕を組んで十秒ばかり唸った後 「まっ、涼子らしいけど。」 涼子は妙に現実主義な事を言う。 現実主義が悪いわけではない。例えば、夢の実現には現実が多分に影響することは事実だが、ある意味、曖昧な部分もや っぱり重要な位置を占めるのではないだろうか。  この時は名前など知らない方がよかったのかもしれない。少なくとも、その時、僕らは互いの名前なんか知らなくても共 通の、宇宙という夢の世界を自由に飛び回れたのだから。 その日は、久しぶりに涼子と二人で帰った。中学校卒業するまでは、五人組で一緒に帰れないときは、よく二人で下校し たものである。僕は、帰宅部だったし、彼女も文化部の写真部だったので、地区学生展示会や文化祭などが近くならない限 り毎日あるというわけではなかった。余談だが、高校入学してすぐに写真部に入部したのは間違いなく、彼女の影響だろう。 そんな訳で、中学時代はよく一緒に帰ったものである。  今日は、本当は僕も涼子につき合って自転車を駐輪場に置いたままバスで帰ろうと思っていたが彼女が僕に合わせるとい いだした。 神央交通の公称でバス二十五分の荘ノ台までの道のりを歩かせるのはいかにも気が引けたので、自転車の二人 乗りということになった。 身長一五六糎、体重四五キロ(自称)は普通に乗せている分にはそう苦にならいが、流石に、 登り坂となると事情が変わってくる。途中に学校坂(坂を挟んで神奈川県立原木高等学校と原木市立荘南中学校が在ること からこの名前が通称になっている。)に差し掛かると僕が息切れをして、結局は二人とも降りて歩くことになった。自転車 を降りたことによって出来た余裕を会話に振り分けた僕は、 先程駅前で感じた疑問を彼女に質問してみた。「コンタクト止めたん?」 「眼鏡の方が楽だから。おかしいかな。」 「うんにゃ。」  県道の街頭と、車のヘッドライト、そして、信号機の光が醸し出す微妙で絶妙なアンサンブルが、六時半の二人を照らし 出していた。素っ気ないシンプルなデザインの実用的なフレームを持つ眼鏡はその光を光源が分からないほど乱反射してど こか神秘性を帯びていた。そして、見慣れているハズの彼女の幼さの残る横顔に、何故かふと言い得ぬ妖さを感じた僕は、 自らの胸のときめきを感じた。 「眼鏡の方がいいよ絶対。」  春の夜の舞台装置は、必要以上に演出に気をきかせていた。醸し出される光のハーモニーの上空の月齢はどれくらいなの だろう。やや欠けた朧月はその危うげな月光で妖しげに小夜曲を奏で始めていた。 (2) 荘ノ台団地の住宅群は二本の大通り(市道)で三分割されたそれぞれの区画に縦横に狭い路地が走っている。一方通行が 多々存在し、初心者にとっては一寸した迷宮よりたちが悪い状況を創り出していた。 南部英二の家は、そんなバス通りから一本入った一方通行の途中の角に位置している。僕らは、中学校時代からの習慣で 下校時などに、頻繁に、門前での立ち話に花を咲かせた。 涼子と僕はその日も、ひょっとしたら最上か葦名が、南部家の前で立ち話をしているのではないかと思い、やや遠回りを して立ち寄ってみることにした。 頭上の街路燈を見ると、薄暗い蛍光灯には儚すぎる夢の一夜を謳歌する羽虫達が群がっていた。人気のない、通りの家々 には、食卓を照らす照明がカーテン越しに溢れている。 消えかけの暗い自転車燈と薄暗い街路燈、そして、家々の灯りは夜道を歩くのに は充分すぎるほどの明るさを僕らに提供してくれた。 英二の家の前にはやはり話し込んでいる者がいた。英二と最上である。何時からそうしているのかは分からないが、かな り時間が経っているだろうと思った。なぜなら僕の懐中時計は一九時を過ぎて久しかったからだ。 「あっ、やっぱり居た。」 そう二人に声をかけたの涼子の方だった。 「よっ、ご両人お早いお着きで。」 最上が調子よく僕ら二人をからかった。 「からかうのは止せよ。」 涼子は隣で例のクスクス笑いモードに入っている。こうなるともう手が付けられない。 「して今日は何用で。」 そう突っ込みを入れたのは英二だ。 「”大和”の借りを返しに行って来た。結構手痛い出費だった。」 「それは酷い言い方だと思う。」 「痛い出費は本当だ。」 「飛ばしたのは、タケちゃんが原因なんだから。」 「まあまあ。」と取りなしたのは最上と英二だった。僕らもまあ本気で抗論していたわけではないので、その場は笑いなが ら納めることにした。 「で、どんなの買って貰ったの。」 英二が訊ねると、僕の自転車の籠に納めていたヨーカDOの紙袋を取り出すと丁寧に店のシールをはがし中身のキャップを 取り出した。 ”W”マークの大洋ホエールズの野球帽だ。 「またかよー。」  最上と英二が同時に声を上げた。 「そう言うことだ。」  僕は、何かを悟ったような語り口をした。 野球帽の件に関しては最上も人のことは言えない。中学時代までは出かけるときには必ず、岡本太郎デザインの近鉄バッ ファローズキャップを被っていたからだ。 「しかし、好きだなあ。それ。」 「いいでしょう、これ。」  そう言いながらそのキャップを被って見せた。 「いいなあ、それ…ってどこがだよ。」  僕は、数年前に流行った原付バイクのコマーシャルのキャッチフレーズをもじって突っ込みをかました。辺りの空気が三 ℃ほど下がったような気がした。まずかったか…。 そう僕が思っていると、 「そのネタ古すぎるって。」と英二が呟いた。 「まぁ、似合ってるんじゃないの、かっちゃんはそれがトレードマークだし。」 最上のフォローに僕と英二が頷いた。 「確かに涼子は、それが一番似合ってることは確かだな。」 涼子の帽子の話に皆が盛り上がっているところに、丁度、ジョギング中の葦名が通りかかった。 「よう。」 いつも通りの挨拶である。 「涼ちゃん、とうとう、葦名に買って貰ったんだ。」 「うん。どう似合ってる。」 「似合ってるよ。」 涼子の問いに気前良く答えた後 「手痛い出費だったな、同情するよ。」と耳元でぼそっと呟いたので僕は、「そうでもないさ。」と葦名に答えた。 「そうだろうな、今回は特別だ。恐らく、これ以上、葛西はお前に負担をかけたくさせないだろう。何しろ葛西はお前のこ とを……もごっ。」僕は、慌てて葦名の口を押さえ込んだ。この男は、いつも一言多い。  ただ、僕もその事については薄々気付いていた。逆に言うと、僕の方も涼子に対してそう言う感情を抱いているからこそ それが感じ取れた訳である。 中途半端につきあいが長いとなかなか切り出せないものだ。僕の場合は、それでよいとして、彼女は何故僕なのだろうか。 このメンツだけ取ってみても僕の他に、葦名、最上、南部と僕ではとても役不足の人材が揃っている。 うーん。これは、現代の七不思議に入る謎である。(実はあとの六つの方がもっと謎かもしれない。) 「あれ、部活は引き継いで引退したんじゃないのか。」英二が訊ねた。 「実は、市民マラソンに出ようかと思って。」 「まあ、葦名は毎日走ってるからな、それにしても気が早いな。」 と最上。 最上がそう言うのも無理はない。市民マラソンは十一月である。 「日々精進。”継続こそ力なり”って中坊の時の担任も言ってたしな。」  僕と葦名の中学の二年時の担任南沢教諭の座右の銘である。 「大学受験大丈夫なのか。」と英二。 「評定平均三・七は取れてるから一般推薦は取れるよ。英語は充分自信在るし。」 うちの高校の三・七程当てにならないものはないが、それでも、葦名は昔から英語はやたらと得意だったのは確かだ。 「他のものはどうする。」 「ケ・セラ・セラさ。」 「………。」  英二はもはや何もこの件について追求しようとはしなくなった。そして、僕の方を向いたその眼は「この楽天的な男を何 とかしろ」と言いたげだった。 「 ”ケセラセラ”で行こう」か。  いつも思うが楽天的な彼のその性格は全く羨ましい。だからこそ、彼の宇宙への憧れも、ただの夢ではなく絶対こいつは 実現するんじゃないかと思わせるのかもしれない。根拠は何処にもないのだけれど葦名なら、”絶対いける”と僕はそう確 信していた。 「ねぇ、ジロさん…。」 そう葦名に声をかけたのは今度は涼子だった。 「地球独楽持ってるってタケちゃんに聞いたんだけど。」 涼子は葦名に訊ねた。 「突然なんだよ。」 「実はね…、」 今日の玩具売場での一件を大雑把に説明した。 「…ということなの。」 「なんだそう言うことか。言っちまったのか。」 「何だ言ったらいかんことだったのかよ。そんなら最初っから口止めしとけよ。」 「…んなことは無いけどさぁ。照れ臭いじゃねえか。ガキの頃の事だろ。」 「まさか、無くしてはおらんだろ。」 「まあな。一種の爺さんの形見でもあるし。」 「名将にして伝説の宰相・山口多聞提督の懐刀、あの、名参謀長・葦名周二の遺品か。是非拝見したいもんだな。」  最上良平は時代がかった言い方をした。  確かにそんな言い方も出来る。何せ、山口提督が戦艦伊勢の艦長時代からの部下で、提督が転属になるときには必ず彼も 連れて行かれたと言う。もっとも伊勢時代には目立たぬ士官だったというから、提督の将来性を見定める人物鑑定眼と言う のは相当なものだったのだろう。 対ソ戦の事実上の休戦後(八五年現在、ソビエト連邦は未だ正式な和平交渉の席に着こうとしていない。従って遼東特別 行政区、大韓共和国、中華連合共和国の三者の北方に位置する”満州人民共和国”いわゆる中国人の言うところの偽満、我 らが三国同盟の言うところの満鉄協定該当地域、かって”満州共和国”と呼ばれた国を存在させた広大なソ連邦占領地と接 する、長大な、事実上の暫定的休戦ラインが構成されているだけである。あの戦争から四〇年も経つというのに。)山口提 督が自らの意志とは関係なく戦後初の首相に祭り上げられたとき、葦名の爺さんは首相補佐官としての職務に全うし決して、 表舞台に立つことなく提督が首相の職を退くと提督を慕って、さっさと野に下ってしまい英語塾を始めたという。息子の葦 名中佐(葦名二朗の父親)が軍を抜けて作家活動で生計を立てるようになってからは、英語塾を締めて晩年まで悠々自適の 生活を過ごしていた。孫や僕らに提督に纏わる数々のエピソードを聞かせるのが楽しみだったらしい。そんな葦名の爺さん も昨年(昭和五十九年)に鬼籍に入ってしまった。 「そんな大層な物じゃないよ。そこまで言うなら後でうちに来てみればいいさ。  葦名がそう言うので「それじゃ」ということで九時過ぎに葦名の家に行くことになり一同一度解散と相成った。  僕が葦名宅に着くと、涼子が後からやってくるのが見えた。  呼び鈴を鳴らす。すると、葦名の弟の三朗が玄関に応対にでできた。 「兄貴なら部屋にいるよ。最上先輩も、英二先輩ももう来ているよ。」  そう言って、僕らを招き入れる。なるほど玄関に彼らの靴が整然と並べられている。 階段を昇り、二階の葦名の部屋へ。涼子は僕の後に続いた。 「葦名、来てやったぞ。」 「おう入ってこいよ。」  ドアを開けると葦名は壁よりにある自分のベッドの上に座り、葦名のベッドに向かって窓側に最上と英二が座っていた。 足下には、彼ら三人が飲んだであろう一本のフルーツジュースの紙パックとガラスコップが置かれていた。食べかけのスナ ック菓子の類も幾つかある。待っている間の暇つぶしだろう、五枚づつ配られたトランプのカードが役の出来た状態で置か れていた。  葦名の前には”ストレート”の役。最上と英二の前にはそれぞれ、”スリーカード”、”フルハウス”の役。今回は英二 のかちだったらしい。しかし英二以外の二人はなんだか豪勢な役で負けた物だなぁ。スリーカードならば大概勝てるはず、 ましてや、ストレートなら尚更だ。おかげで二人とも酷く悔しそうだった。 「遅いぞ。お陰でなぁ…。」  葦名がぼやいた。コミック誌の漫画なら怒りのマークをこめかみに表現しよう場面だ。「俺が、三連勝した。」  南部英二は、これまでにない優越感に浸ってほくそ笑んでいる。 「こいつ強すぎるよ。」  確かに…。最上の発言に僕も納得した。この負け方ではそう思わざる得まい。  クスクスクス……。 涼子の必殺ワザ”クスクス笑い”に、例の二人も怒るが馬鹿馬鹿しくなったらしいが、 「たかが賭なしポーカーだろ。」と僕が聞こえるかきこえないかの声でボソっと呟いたのを、最上は聞き逃さなかったらし い。 「三七セット三回奢るんだよ。」  某ファーストフードチェーンが当時始めた客寄せ戦略である。ハンバーガー、ポテト、ドリンクの三点セットで三七〇円 、今考えると本当に安かったのかどうか疑問だけが残る。真相は謎のまま闇に葬られるだろう。  怒るなって。それは自業自得だ。僕は、その言葉を漸く飲み込んだ。何にせよ、食い物の恨みは何よりも恐ろしい。僕は この上、余計な災難を抱え込みたくはなかった。 「ところで、俺ら何の為に来たんだっけか。」  ポーカー三連勝のお陰で舞い上がり、英二は当初の目的をすっかり喪失している。 「ジロさんの宝物見に来たんでしょ。」 「そうだったっけ。」と最上。 「参謀長の遺品が見れる言うて意気込んどったのは、誰だったかなぁ。」 僕は最上に追い打ちをかけた。 「ああそうだった。」  気が付いたように手を打ったのは、最上ではなく、意外にも葦名の方だった。おいおい、人呼んどいてそれはないだろう に。まぁらしいといえばらしいか。  葦名は床の上を降りると、学習机の前まで本を書き分けながら進む。それほど大層な距離ではないが、教科書、参考書、 陸上競技専門誌、科学雑誌の「アトランティス」と「アインシュタイン」の宇宙特集号、CD・レコードランキング雑誌の サルガッソー地帯は容易に突破できない。崩れた本の山から漫画誌、そして写真投稿雑誌が数冊崩れ落ちてきた。  年頃の女の子に到底見せられる物ではない。 中学の頃などは、顔を赤らめたりしかめたりした涼子だったが、最近は慣れてきたらしい。 「また新しいの買ったんだ。」 その雑誌の群の中から一冊写真投稿誌を手に取って興味深げにみていた。端から見ているこっちの方が何か恥ずかしくなる。 女の子は、どういう視点でこういう物を見るのだろう。僕には、その事の方が興味深かった。 僕は、その横にあった葦名が毎号集めているランキング誌「スタラン」ことスタンダードランキングの今週号とおぼしき物 を見つけて、拾い読みを始めた。 林葉聖子、アマナツ隊、近衛正彦、大泉明日香といったラインナップはいつも通りといったところ、そこに大躍進中のタータ ンズ、青春隊、オキャンコクラブが食い込んで…。  そうこうしているうちに、葦名が学習机の備え付け陳列棚(本来は本棚)から例の物を持ってくる。 「あったよ。」 まさしくそれは、あのときの地球独楽だった。 「何だそれか。それなら俺ももってたよ。」  最上は、何か期待を裏切られて残念そうにしている。それはそうだ。六面体パズル程ではないにしろそれなりに流行った物だ から。 「だからいったろ.大層なモノじゃないって。」 「それ回して見せてよ。折角だから。」  雑誌を元へと返した涼子の興味は地球独楽の方に移っていた。 「そうだな。」 僕と英二と最上もそれには同意見だった。 「一寸待ってろよ。」  机としてすでに機能しなくなった学習机の代わりに一年中出されている布団なしの折り畳み式の炬燵テーブルの上の鞄と参考 書の類を床に寄かせると、そこに臨時のステージ空間が出現した。 葦名は地球独楽の基部に凧糸程度の紐を面倒そうに巻き付けると 「セェーノッ!」  僕はハッキリとその時の衝撃を覚えている。その掛け声の先には、紛れもなくあのときの夢見る少年がいたからだ。 独楽は勢いよく回り続ける。やっぱり、不思議な回り方をする。何度見ても、理屈で解っていても、不思議な感覚に捕らえら れる。  後に涼子がこのときのことが話題にのぼると、「あのときは、二人とも子供みたいだった。」と当時の葦名と僕の様子を懐か しそうに、そして、羨むように振り返って遠くに視線を移す。 「こんな事もできる」と回すのに使った糸を利用して、綱渡りを披露。そして、彼に言わせると「極めつけ」のワザが出た。シ ャープペンシルのペン先の上で回したのだ。  独楽が先で回っているシャープを葦名がおもむろに斜め傾けるが、それは内側の独楽が並行に体勢を立て直して回り続けた。 「おもしろい回り方するのね。」 「これは、ロケットの方向制御を司るジャイロスコープの簡単な模型だよ。この独楽のフレームの傾きによって姿勢が制御され る。」  久々聞く、宇宙少年の講義は、とても懐かしく感じた。 「これは、さっきも言った通り去年死んだ爺さんに買って貰ったんだ。」 「なるほど、それで形見っていうわけだな。」最上がひとりごちた。 「出会ったときもこれを回していたからな。」 「実を言うと、あの話は爺さんの受け売りだったんだ。」 「そうだったのか。」 「俺に、宇宙に関しての興味と知識を植え付けたのは爺さんなんだ。」 葦名は遠い眼をしながら語り続けた。 「もともと、爺さんは参謀より戦闘機か艦爆のパイロットになりたかったそうだ。だけど、自分に航空特性がないことを悟ると猛 勉強の末さっさと参謀科に鞍替えしたそうな。その後の顛末は、みんなが知ってる通りだ。ただ、戦後も落ち着いてくるとやっぱ り空への夢は捨てきれなかったらしい。」 一息入れるため、葦名は手元のコップにジュースを注ぎそれを一口ばかり飲んで喉を潤した。 「だけれど、親爺はそれを知ってか知らずか海軍で水雷屋になっちまった。そこで犠牲者に選ばれたのが兄貴だったわけだ。お陰 で兄貴は、今、五八試艦戦”旋風”の空軍型のテストパイロットやってる。」 「それがお前と何の関係があるんだよ。」と最上。 葦名は、最上のことなど気にせず続けた。 「爺さんの夢は、そこで終わらなかった。それよりもっと高い世界に目を向けたんだ。それが…。」 「宇宙だったわけだな。」英二が先んじた。 「そうだ。そして第二の羊は俺だ。」  葦名は二口目のジュースを喉に流し込んだ。 「物心付く前から吹き込んだらしい。お陰で俺の最初の記憶らしい記憶は、アポロ宇宙船の月面着陸のシーンだ。」 「”すりこみ”言うやっちゃな。」と僕。 「それだけとも違うと思う。きっかけは、爺さんだったけれども、宇宙への興味は、俺自身の好奇心だし、将来の選択だって、結 局は、 自分自身の意志で決めた訳だから。それに、 兄貴も俺もそうだけど、爺さんの遺志を継ごうなんてこれっぽっちも思っちゃいない。」 「で、その為の陸上の長距離だと。」最上が言葉をつないだ。 「そう言うことになるかな。」 「なんか解せんな。」  最上はそう言葉をこぼすと、自分の使っていたコップにジュースを注いだ後一気に飲み干してから 「だってそうじゃないか。お前は、単なる手段のためにやっていた事になる。」 「そうでもないさ。俺は、走ることも好きだから。」 「でもそれじゃ尚更、中途半端じゃないか。 だとしたら、県の陸連はそんな中途半端な奴に賞をいくつも取られて舐められていたことになる。」 最上の眼はマジになっている。 「初めは手段だったが、今は違う。長距離も、俺の夢もある意味で似通った面を持っている。結局は俺自身との戦いでしかない事 だ。だから、どちらも生半可な気持ちでやってるわけじゃない。」 「うーん…。」 最上は腕を組んで一頻り唸った後、 「そこまで言うなら、俺も応援してやる。ただし、市民マラソンは絶対優勝しろよな。」 いつの間にか、最上の口調が親爺のよ うになっていたのがおかしかった。 「ああ勿論だ。そして…。」 決意に満ちた表情の葦名の決めゼリフは最上に取られてしまう。 「宇宙にも絶対行けよ。」 「ああ絶対だ。」 葦名は、握った拳の親指を立てた。やや芝居がかっているが、葦名の決意がヒシヒシと伝わってきた。 そして、運命の十一月がやって来た。 三、翼のかけら (1) 一九八九年一一月  横須賀市立平和記念公園 以前僕らが訪れたこの公園に、涼子と二人で来ていた。記念艦”大和”の艦体は雨に濡れることによってその重厚な中の気品を存 分に演出されていた。 戦前、ここには連合艦隊の栄光の象徴、戦艦”三笠”があったというが、事実上の休戦直前にソビエト連邦が投下した世界初の原 子爆弾によって海の藻屑と消えた。 戦後、暫くの間、記念艦はなかったが”大和”退役の折り地元のたっての願いで記念艦としてここに係留されることになった。以来 彼女はここ横須賀で歴史の生き証人として佇んでいる。  雨天のこともあって、甲板の観光客は疎らで、何処か気の抜けたソーダ水のような味気ない雰囲気さえした。 戦闘艦橋には、雨天なりにカップルなどの姿もちらほらありやはりここが皆に愛される観光地なのだという事が実感できた。 本当は、以前に行った測距儀の直下迄のぼるつもりだったが、あの数ヶ月後飛び降り自殺があって、とうとう閉鎖されてしまった。 どうも、今から考えるとあの時点での近い将来の僕らを暗示していたように感じて仕方がなかった。 一九八五年一一月 県立原木西高校正門前 今でこそ、萩野運動公園を起点に行われている市民マラソンもこの当時はこの新興住宅地「鞠の里」の中にある県立高校のグラウ ンドを起点としていた。ここには、当時、最上良平と南部英二が在籍していた。  この市民マラソンは、県下でも割とよく知られていた。三キロ、五キロ、十キロ、ハーフと分かれていて、十キロとハーフには、 毎回のように県下の各高校が有力選手やその年の新人選手を出場させたりしている。 今回の葦名の場合は部活動としての陸上は退いているので、一般参加でハーフを走ることになった。 大学の推薦入試も、合格できていたので、葦名は全力をこれにつぎ込むことが出来た。 「それじゃ、行って来るよ。」 「絶対勝って来いよ。負けたら、そうだなぁ…」 最上はしばらく考えた後、 「みんなに三七セットだからな。」 「絶対勝つ。お前の方こそ財布の中身調べとけよ。」 「ああ、奢る準備して待っててやるよ。」 この後、皆の声援の中スタート位置に着き他の選手同様、正門の外へと消えていった。  小春日和の晴天、自然と気分も晴れるハズの秋の日に、僕には、何か妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。涼子が僕の表情が冴え ないので心配して 「どうかしたの。」と訊ねてくると、小声でこの妙な感覚のことを話した。すると、 「気に病んでもしょうがないよ。気のせい、気のせい。」と笑顔で励まされた。 「そうだね。」  僕は、何か解せない部分を残しながらも、涼子の言う通り気のせいと言うことで納めてしまった。 マラソンのコースは交通規制が敷かれていた。大会終了時までの時間は一般車両は規制されていた。 三キロ、五キロ、一〇キロと正門前にゴール仕始める。ハーフももうすぐだというので、 僕らも校庭から正門を少し出た丁字路の信号脇のバス停に移動した。 しばらくすると最初のランナーが、見えていた。  葦名である。 後ろに他のランナーの追随を許さない独走状態で信号に差しかかろうとしていた。 「あしなぁー、もうちょいだぞぉ、ガンバレェー。」最上が人一倍応援している。 「ジロさーん、ガンバレー。」 涼子の声援もとんだ。僕も負けじと応援したが、他のメンバーと沿道の声援にかき消されてしまう。  葦名の優勝はこれで間違いないなと僕が確信し、僕らの方を向き葦名が手を振ったその時、それは起こった。 一台の乗用車が全速力で、突っ込んできたのだ。そう、対向からの車など誰も注意していなかった。 そして、葦名の身体は宙に舞い上がり、着地した後、二度と空を目指す事はなかった。そう二度と…。 奇しくも、日本初の有人ロケット”JH−06DU(α)”が打ち上げ成功する前日のことだった。  一九八九年一一月  記念艦”大和” 「宇宙軍、受かったよ。」 何処か浮かない顔をして僕が呟くと、 「ジロさんの夢か…。」  艦橋の外の雨の横須賀を眺めながら、  「ほんとに行っちゃうんだ。タケちゃんも。」 何か寂しそうである。 あのとき、僕はあまりのショックから涙を流すことさえ身体が忘れていた。本当に涙を流したのは、通夜が終わって後のことだ った。 葬儀の次の日、地球に無事帰還した英雄達のインタビューを延々深夜まで放送していたが、バイロット三人の名前すら頭に入ら なかった。 あれから、僕らには日常という何ら変わりばえのしない時間が流れ続けた。変わったことと言えば、僕と涼子が推薦入学で希望 の大学に受かり、最上と英二が一浪して合格通知を貰ったこと、僕がジョギングを毎朝始めたこと。  そして、涼子の進路が決まり、僕も大学卒業後、一般士官候補のパイロット候補生としてとして宇宙軍にはいることぐらいだ。 それ以外は日常のままだ。 「寂しくなるね。」 「そんなこと無いよ、三ヶ月の予備訓練が済んだらまた会えるって。」 「ずっと待ってるから。」 泣きそうになる涼子は僕の胸に頭を埋めて涙を必死に堪えていた。僕には、肩を抱いて彼女を支えてやる以外何もできなかった。 (2) 一九九二年八月  宇宙軍種子島基地 (旧宇宙開発事業団種子島宇宙センター) 『… 鉄炮が日本に渡ってきてから数百年が過ぎている今日。我が帝國は宇宙への往復切符を漸く手に入れようとしているのであり ます。あの、合衆国ですら夢見るだけに終わった宇宙往復機システムを、今、現実の物としようとしていますこれはひとえに、帝國 国民の皆様一人一人の弛まぬ努力と、同盟國政府のとりわけ英帝國及び合衆国の両国政府の厚き信頼の元の協力関係がここに来て実 を結んだ成果が、今日のこの日に現れた結果といえるのであります…。』 種子島の宇宙記念館には、有人ユニットMA01が展示されている。そして、今、新たなる鋼鉄の翼が補所ロケット共に打ち上げ 場に固定されていた。  IJSF−001”YAMATO”。 合衆国のスペース・シャトルの計画の失敗原因を追求した末開発された和製の宇宙往復機のプロトタイプである。 デルタ翼の機体は、他の陸海空軍機と同じように、上面が暗緑色系の色で塗られていた。 機体後部のバーニアはどの機体よりも 力強く見え、将に天界を目指す無機質の怪鳥にふさわしかった。 「少佐殿もうすぐですね。」  食堂に入ってきた、二本松中尉が僕に対して声をかけた。 「未だ大尉だよ。無事に帰還するまではな。 僕はペンギン印のガムを口に含みながら続けた。 「そして、帰れなかったら中佐だよ。」 そう呟いてもう一枚のガムを二本松に勧めた。 「ほんとにそうっすね。そういや、帰れなきゃ僕も少佐っすね。あっ頂きます。禁煙したら口が淋しくって。」  ガムを噛みながらNHKのテレビを見ていると三人目の若者が入ってきた。 「大尉殿遅れました。」  彼の階級は少尉である。 「あっ、佐竹君か。いいよ、未だ時間があるから。僕らは気にしちゃいないさ。それより、二人ともコーヒーでも飲むか。」  僕は三人分のコーヒーを廊下の自販機まで購入しに行った。 戻ってくると、テレビには洋上の風景が移っている。  失敗時のフォローをする為、海軍は、防空軽巡”重信”率いる第三水雷戦隊のうちの八隻を割いていてくれていた。海上保安庁も 航空巡視船”ひりゅう”を出すという。 しかし、あれに世話になるときには焼き肉になってるな、と僕は心の中で思った。   数時間後、僕ら三人は、機体の中に身体を固定していた。カウントダウンも残り五分には入ったその時、 「ソ連海軍・戦艦陸奥及び伊勢長崎沖に出現。我が軍第一戦隊の長門・比叡・金剛にらみ合っている模様。」 やっぱり出てきたらしい。しかし、今回は遅い。 「IJSF−001、このまま打ち上げ予定変更せず。」 「了解した。IJSF−001。」  カウントダウンも、後二〇秒を切った。 ……九、八、七、六、五、四、三、二、…… 打ち上げまでの最後の十秒は恐ろしく長い時間に感じられた。この感覚は、そうだ、 あのときの渡り廊下だ。 そして、…… 宇宙に出るまでの短い時間強烈な重力を僕は感じた。 そして、僕らの翼は地球の周回軌道にいた。どんな鳥も昇れない星の世界の入り口に。  僕は、私物ケースから、小さな独楽を取り出した。 「機長、それは。」と二本松。 「地球独楽だよ。昔のロケットのジャイロスコープだよ。」  それは、種子島に飛ぶ前日、涼子と二人で葦名の眠る墓地へいったときの話である。 僕らが、墓前を片づけ線香を焚いていると、葦名予備役中佐が花を持ってやってきた。 「恐らく、ここにいると思ったよ、今西君。」どうやら、僕に用があるらしくここに見当を付けてきたらしい。 「何となく、ここへ来なくちゃ行けないような気がしたんです。宇宙へ上がる前に。」 「そうだな。宇宙飛行士は、二朗の夢だったからな。」 「私に生けさせてもらえませんか」 涼子の申し出に、中佐は、 「その方があいつも喜ぶかもしれんな。」 と快くて渡した。そして、 「これを持っていってくれないか、宇宙まで。」 上着のポケットから地球独楽を差し出した。「わかりました。きっと間違いな く。」  そう言って僕はそれを受け取った。 「回るんですか、それ。」  佐竹少尉は物珍しそうにそれを見つめた。 「回してみるか。」 「機長、その前に地球から軍用直通回線が 開いてます。」 「わかった。じゃ後だな。」  通信内容はこうだった。 陸奥と伊勢はにらみ合いの末祝電とともに祝砲を空に向けてギリギリまで仰角をあげて撃ったそうだ。 そして、打ってきた通信文が傑作だった。 『貴国の成功をこころから祝福致します。  両国の今後の繁栄を願って。  ソビエト連邦海軍   太平洋艦隊司令官代理      F・パブロフ  ソビエト連邦大統領     M・ゴルバチョフ』 どうも実際、大統領閣下が御座していたらしい。そう言えば、帝国海軍の答礼も 海護総隊司令長官 中曽根康弘大将と 首相・河野洋平氏の連名だったから、ひょっとしたら、初めから仕組まれていたのかもしれない。(案の定、数日後和平交渉が始まった。)  そして独楽を回す暇もなく今度は定時連絡の時間になった。 「こちら地上局、IJSF−001、応答願います。」 オペレーターの声が、機内に響いた。 「機長お願いします。」  二本松にインカムを被る。そして、 葦名、今、僕は君のこれなかったところにいる。独楽を見ながら僕は心の中で葦名に語り掛けた。そして、 「テステステス。地上局聞こえますか。」 「良好です。どうぞ。」 そして、この夢はもう君だけの夢じゃない。 僕の夢でもあるんだ。  おもむろに、ジャイロの手を離すと回っていないジャイロはふわりと宙に浮いた。 「IJSF−001<YAMATO>。  IJSF−001<YAMATO>。 こちら、日本帝國宇宙軍第一号宇宙船<やまと>。こちら、日本帝國宇宙軍第一号宇宙船<やまと>地上の皆さんきこえますか……。」  エピローグ 一九九七年一一月 記念艦”大和”甲板 その年の始めハレーよりも珍しい来訪者があった。その来訪者は、数千年の軌道を描いてまた遥か彼方へ飛び去っていった。  ひさしぶりの涼子とのデートはやはりここになってしまった。  観光客は疎らだったがそれでも、数年前に英雄になってしまった僕を見つけて、サインと写真を求めてくる子供や大人が何人かいた。 人を避けるように高角砲座群まで逃げ延びる。 「未だに人気があるのね、英雄さん。」 涼子はクスクス笑いながら僕をからかった。「本当の英雄は僕じゃないよ。」  ジャケットのポケットから地球独楽を取り出すと徐に平らなところで勢いよく回した。「暫く帰れないかもしれないから。」  そう言ってもう片方のポケットから小さな箱を取り出した。 「開けていいの。」 「ああ。」  涼子は、箱の中身の指輪を取り出すと晴れた秋空に空かしてみた。 光のシンフォニーの中に翼を持つ者の領域が広がっている。 「待たせてゴメン。」  僕は涼子の肩を抱き寄せながらそう呟いた。 「ううん。」  涼子と僕は、何時までも空を見つめていた。   見上げた空には無数の鳥達が空を切って旋回していた。  翼の下から見上げる景色は以前と少しも変わらないのに、僕らの時間だけはこの回り続ける独楽と同じように静かに…          …そして、躊躇することもなく過ぎ去ってゆくのが何故か悲しかった…                      …なあ、そうだろ葦名… <完>