か ご め か ご め……
ぼんやり小春日和のぬくもりはこの現実が夢現のよう。その現実と虚構を掻き混ぜるために、蒼空をP-3Cがターボフロップ音を響かせて大きく旋回をかけるの。
「旨そうだな」
……と視界を遮る腕。
「最初に目を付けたのは僕だよね」
二人の箸はバスケットの中の卵焼きを狙って牽制しあった。
「陽平くんも朋也くんも、慌てなくてもおかずはまだまだあるの」
牽制し会うの二膳の箸はそこで休戦したが、最後の卵焼きは結局、隙を突く朋也くんの物になる。
「まだありますから大丈夫ですよ」
椋さんの方もまた色とりどりだった。
「おわ、"今日は"椋ちゃんなんだ。最近腕を上げたよね。それって僕への愛だよね」
「春原くん一度死んで」
笑みを浮かべたきつい一言の椋ちゃんに、陽平くんは立ち直れない。
「春原さんには風子がいますっ」
「際どいと言うな。お子様かと思ってたぞ」
ふうちゃんの真面目な眼差しで訴えを朋也くんはいつもの通りからかいう。
「朋也くんそれは言い過ぎですよ」「朋也くん言い過ぎですっ」
椋ちゃんと渚ちゃんの連合軍には動じないが、ふうちゃんのいつもの抗議に辟易していた。
午後の穏やかな日差しに適度なぬくもりを得る。
町内会対抗草野球大会もそろそろ後半戦といった頃、渚ちゃんはしんみり言う。
「……さっき電話したらお父さん残念そうでした。『俺が行けば満塁ホームランは確実だったのによう』って」
渚ちゃんのお父さんがホームラン打てても、チームの内容を再検討しないと根本的には何も解決にならないような気がした。朋也くんはその辺を理解していたようで、
「オッサンらしいけどな。でも、近々公演があるって張り切きってんだしな」
といって話を逸らした。
「朋也くんのお父さんにはいつもお世話に成りっぱなしです」
「父さんに出来ることはそれぐらいだしな。それに暇だったから手伝ってるだけだろ」
「そんなこと無いです。『先輩の腕は天下逸品だぜっ!』といつも褒めてます」
「あの時オッサンが止めに入らなきゃ、こうしてお互いの親の話なんかしてなかったかもしれねぇしな」
「そんな事言ったら、私にとって朋也くんのお父さんは命の恩人ですっ」
そんな二人のやりとりになんだか羨ましくなって
「朋也くんも渚ちゃんも羨ましいの」
といって口を挟んだ。
「ことみの家は両親ともアメリカで大学教授だもんな。親御さんにあったの何時だっけ」
「お父さんとお母さんにあったのは小学四年生の……」
そう言って彼が両親にあった最後の日付を言おうとすると
「いやいい。ことみの記憶力なら何秒かまで記憶してそうだから聞くのが恐い」
「それは流石に覚えていないの。ごめんなさいなの」
期待してくれたことに対する申し訳なさから答えた。
「ことみさんに風子は勝てたような気がしますっ」
「大丈夫だ。おまえの場合根本的に問題があるから」
やっぱりひとしきり抗議をするふうちゃんを受け流す。みんなは二人を微笑ましく見守っている。
「ことみちゃんのご両親て確か……亡くなったんじゃ」
椋ちゃんが何気なくそう言うと、私たちは一瞬表情を凍り付かせた。
「あっ……だから、生きてたら大学教授だったって話だ」
朋也くんは慌てて取り繕った。
「あはっ、そうですよね。でも……」
問題はその後の椋ちゃんの一言だった。
「お姉ちゃんも来れば良かったのに……」
一同は言葉を失った。
「最近冷たいんです。お姉ちゃんの部屋に声を掛けても返事もして貰えないし、お姉ちゃんが居ないときに部屋に入り込んで日記を覗き込んでも私のことが少しも書かれていないんです。今日だって……」
「椋ちゃん、杏は……ムグゥッ」
何か言いかけた陽平くんをふうちゃんに取り押さえられた。
「午後からの試合は、敗者復活戦だ。気合い入れて行くか」
そう言って、朋也くんは取り繕った。
「そして、栄光は風子のものですっ」
ふうちゃんも妙に気合いが入っている。
「あ、それ無理。このまま勝ち進んでも三位だ」
朋也くんはそう言うとふうちやんが何か言い出す前にグランドに駆け出していった。
現実は真実ではない。あるのは幻想と欺瞞そして韜晦……
その晩、十時を過ぎた頃私宛に電話があった。
『もしもし伊吹ですけど』
その声はふうちゃんだった。
「? ふうちゃんどうしたの」
『……』
電話の向こうでは何か思い詰めたような間あってその後、深呼吸をしたような呼吸音に続いたのは……
『……つまで……。いつまで続ければいいんですかっ!』
いつものふうちゃんではありえない苛立った声だった。
「先生がいいと言うまでなの」
私は彼女が冷静になるように落ち着いていった。
そう、……今必要なのは時間だった。もちろん、治療も焦ってはいけない。
彼女……椋ちゃんがそうなったのは杏ちゃんがスクーターの事故からだった。二人乗り禁止の筈のスクーターの後ろには、いつもなら乗らない筈の椋ちゃんがいた。いつものように全速力で走って飛び出してきた子供を回避して……
病院に運ばれたのは二人だった。
不思議なことに、二人とも外傷はほとんどなかった。
でも、決定的に違ったのは双子の姉の杏ちゃんの目が覚めなかったこと。そしてうちに帰ったのは椋ちゃん一人だけだった。
もちろんみんなはお見舞いに行った。
幼なじみの中でも学年が一つ上だったの渚ちゃんは朋也くんや私と一緒に。人見知りが激しいけれど、椋ちゃんと一番仲良しのふうちゃんはボーイフレンドの春原陽平くんや、その妹の芽衣ちゃんと一緒にお見舞いに行った。
でも、誰一人としてその時彼女に会えなかった。
彼女の方が私たちを拒絶したのだ。
もちろん、私たちは何度も何度も足を運んだ。
私がお世話になった心療内科医を訪ねたりもした。今の椋ちゃんの主治医はその先生だ。その甲斐あってか、漸く先生や私たちには心を開いてくれるようになってホッとしていたころ……
少し前、CLANNADというゲームが流行した。
家族を主題にユーザーを二年程待たせた伝説のゲーム。複雑な境遇の主人公を扇の要に軽快なコメディー要素と、それぞれの想いを濃厚な部分が適度に混ざった作品だ。そこには彼女達に雰囲気がよく似た双子姉妹が設定されていた。それをプレーしたのだろう。だから……片翼の鳥はもう片方の翼を自らの心に内包したのだ。
専門用語でいう『乖離性同一性障害』。 時々姉の人格と入れ代わり、その間の彼女にその記憶はない。悪いことに、それ以前から併発していた『抑鬱』や『統合失調症』と混ざり合って彼女の内面世界は身近な外界を歪めた。
当然その時、辻褄合わせが必要になる。私たち幼なじみと陽平くんはその頭数に加えられた。つまり、人間関係が再構築されてしまったわけだ。
……故に、アメリカ滞在中の両親を持つ私は両親と死別したことに
でも、お父さんの話だと予定通り一本早めの便に乗っていたらその通りになっていたという。
……故に、高校の入学式当日、車に跳ねられてそのまま植物状態で、生き霊化したことに
勿論跳ねられたけれど、一日だけの検査入院だった。
……故に、渚ちゃんは原因不明の病で休学していて私たちと同じ学年であるかのように
……故に、何事も意欲的な朋也くんと陽平くんはヘタれた不良であるかのように
時々は今日みたいに油断することもあるけれど、概ね書き換えられたシナリオ通りに椋ちゃんの前で演じた。
『ことみさん……』姉以外は親しい人にもさん付けのふうちゃんは、何時にも増して真剣に話しかけてくる。
『昔、ことみさんちの近所で"かごめかごめ"をしたのを思い出してました』
そう……ずっと昔の話。まだ小学校の頃。
お庭に迷い込んできた朋也くんと渚ちゃんとふうちゃん。探検ごっこの帰り道に迷子になって迷い込んできたらしい。私は学校でも浮いた存在だったから人と接する術を知らなかった。ふうちゃんも同じようで強がってはいるけれど、それに根拠はなく、渚ちゃんの腕から離れなかった。渚ちゃんはそんなふうちゃんと私を見ながら弱り顔で見比べてそして、リーダー格の朋也くんの顔を指示を仰ぐように覗き込んだ。
遊ぼうって手を差し延べてくれたのは朋也くんだった。『お庭は危ないから、お外で遊んでらっしゃいね』私の両親は、近所の公園を奨めてくれた。ケイドロ、人工衛星、高鬼。私たちは子供がやるであろう遊びを一通り体験していると、そこに女の子が二人ばかりやって来た。
二人は全くの瓜二つ。ふうちゃんが驚いて、私の思ったことを口にすると、
『双子だからね』といって片方の子がにやっと笑う。
『お、お姉ちゃん……』
ビクビクしながらしがみついているのは多分妹だろう。
『どうするんですかっ!』とやっぱり強がってみせるのはふうちゃん。もちろん、渚ちゃんの後ろで虚勢を張っているだけでしかない。私もなんだかそれが伝染して漸く口から出たのは
『はじめまして、私のなまえは"ことみ"平仮名三文字でこ・と・み。呼び方は"ことみちゃん"。 ? いぢめる』
棒読みの自己紹介だった。
『ぶっ! 別に虐めやしないわよ。一緒に遊ぼうって言おうとしたの』
『だったら初めからそう言えばいいじゃないですかっ』
『ゴメンゴメン』
そう言って軽く謝ってから
『あたしは"杏"。"木"の下に"口"って書くの。あんずって字よ』
『椋……。木扁に京都の"京"……』
そう言って、ペースに巻き込まれたみんなは自己紹介を始めてしまった。それに一段落付いて
『この後何する?』
朋也くんがそう言うと、そうねぇと杏ちゃんを筆頭に頭を抱えた。六人というのは纏まっているようで以外と半端だった。少人数でやる遊びを大人数でやると楽しいけど疲れるし、かといって、ドッヂボールのように大規模な遊びをするほど人数は居ない。もとより、ボールなんか無かったけれど……。その子供達にとっての無限ループに終止符を打ったのは椋ちゃんだった。
『かごめかごめ……がいいよ』
少し小さめの輪は、ジャンケンで負けた私の周りで回りだした。
かごめかごめ
かごのなかのとりは いついつでやる……
その時後ろの正面は椋ちゃんだった。ぴたりと当てた私の後に輪は今度は椋ちゃんの周りを回りだした……それが私たちの出逢いだった。
……そして
『籠の中の鳥は……本当は誰ですかっ……』
ふうちゃんの声は、涙声と鼻を啜る音で聞き取れなくなり……やがて発信音になった。
電話の向こう最後の言葉は、泣き崩れた彼女を支える公子先生の『ことみちゃんゴメンね。少しだけふうちゃんに時間をくださいね』という優しい声だった。
受話器を置いてふと考える
これはいつもの復習。
誰でも何かに縋って生きている。それは当然のこと。だからこうして、未だに幼なじみの関係が続いている。でも、みんな、気付ぬ振りで「籠の中の鳥」として知らずに済まして先延ばしているだけではないのか……
でも、気付いてしまった。朋也くんは渚ちゃんのことが好きで、渚ちゃんは朋也くんが好き。それだけなら良かった。思えば、杏ちゃんと椋ちゃんも朋也くんが、ひょっとしたら、気のいい陽平くんと知り合う前のふうちゃんも朋也くんが好きだったんじゃないだろうか。そして、私も自身の中に朋也くんが好きな自分がいることに気付いた。
このままなら問題なく朋也くんと渚ちゃんは祝福される。多分、私もそうする。
でも、もし、今の私が渚ちゃんの居場所を欲しったらどうなるの……
そんな現実を欺瞞し「ぬくもり」を共有せんがため、二重構造の「籠」を望んだのは本当は私かもしれない。だからこそ、椋ちゃんの壊れた心や、今も眠り続ける杏ちゃんが少しだけ羨ましい……
心を韜晦するとき、その後ろの正面にはいるのは誰?
そして本当に籠の中に囚われた鳥は一体誰なの……
? 二人分の心を支えている椋ちゃんなの
? 泣き崩れたふうちゃんなの
? それとも、韜晦し続ける私なの……
今、この瞬間も杏ちゃんは静かに時を刻み続けている
……だから、
昔唄った童歌は、今も記憶のどこかでずっと響いている
〜fin〜