『仮面』
〜If I do not keep
pretending, I do not become you my real intention.〜
人はそれぞれ仮面を被っている。
お淑やかでいたい仮面。
自分のテリトリーの中では活発に見せる仮面。
精一杯背伸びをして自分を大きく見せようとする虚栄心から張り付けた仮面もある。
そう言えば、七瀬さんの仮面は乙女でありたいという願望。
澪ちゃんの仮面は自分のハンデにうち勝つため。
長森さんは世話焼きの仮面を被って折原くんに対する好意を押し隠している。
たぶん、茜も何かの仮面を被って居るんだろう。
それじゃあたしの仮面は一体なんだろう。
「ねえ、折原くん」
とある休日、たまたま商店街で彼が一人で散歩しているのを見つける。
「今日は茜と一緒じゃないんだ」
茜と一緒じゃない彼を見るのは久しぶりだ。なにしろ、出掛けるときはいつも二人でセットだったから。
「すると俺は、柚木の中ではいつでも茜とワンセットなんだな」
そうかも知れない。
彼に支えは必要ないかも知れないけれど、茜には彼が必要だからだ。
「今日は澪と女同士で出掛けるんだそうだ」
「へえ、そういうこともあるんだね」
「茜にだって付き合いはあるだろうしな」
ふうん……
素直に驚いてみせる。
「それより柚木が単独の方が珍しいな」
そういえばそうだ。
あの二人だけで出掛けてしまうというのは今まで無かったはずだ。
それもその筈、普段はまず間違いなくあたしの方から二人を誘いだすのだから。
「ねえ、今暇だよね」
「暇じゃないといえなくもないな」
彼特有の回りくどい言い方だったが、要は暇なのだ。
「長森や七瀬を誘うのも気がひけるし、住井や南じゃイマイチ盛り上がらないからな」
「それじゃ、今日はこれからはあたしに付き合って貰うわね」
あたしは彼の返事を聞く前に彼の手を曳いて行動に出ていた。
「それじゃまずは……」
パタポ屋の新作クレープを買いに出向く。茜とくるといつも山葉堂だったからたまにはワッフル以外の物を食べたかったからだ。
「へえ、これが長森がこないだ会ったとき騒いでた最近のお気に入りのヤツか」
ミント系アイスをベースにラズベリーとクランベリーとシリアルをくるんで、三色カラーのチョコスプレーが振りかけてある。何の変哲もない普通のクレープだったが、なんだか普段より美味しかった。
「上手そうだな一囓りどうだ」
「自分の食べたら?」
「俺のはチョコバナナだ」
「それじゃ、折原くんのもくれたら囓らせて上げるよ」
「交渉成立だな」
まず折原君があたしのクレープをひと囓り
そして、あたしは折原くんのクレープをひと囓り。
「何でこんなに食べる」
「おあいこ、おあいこ」
「次はゲームセンター」
レースゲームでは彼の圧勝だった。
モグラ叩きでその分の借りを返して五分に持ち直す。
二人して変な顔で写った一六枚綴りのフォトシールを半分を押しつけ、そして最後はお決まりの占いで……
「今週の二人の相性は最悪だって」
プリンとされたシートをおおざっぱに折ると
「やっぱりおまえ茜と違って大雑頗な」
等というので
「余計なお世話」
と言い返した。
その後、雑誌の立ち読みから、ウィンドーショッピングまで散々連れ回す。
「おっと、ここが例のヤツが置いてあったところ……って」
玩具屋のショーウィンドーに目が止まる。中を見て二人とも絶句した。
件の縫いぐるみが再び入荷していたからだ。
値札を見ると、底値の八千円ではなく、性懲りもなく……というか、今度は八十万円に大幅値上げしている。
「ここの店主本当に商売する気があるのか?」
……よく見ると茜の部屋にあるのより一回りサイズが大きかった。こうなるともう人一人で持ち運べない。そのことを彼に耳打ちすると、
「巨大化した分人相も凶悪になったぞ」
と呟いた。
「ねえ、あたしもこれ欲しいな」
勿論調子に乗った冗談だった。
「なんで柚木に買わなくちゃいけないんだ?」
「明日、誕生日だから」
「嘘だろ?」
彼はあたしが冗談を言っているのか勘ぐる。
「ホントだって」
と断りを付ける。
「まあ、信じるが……」
そう言ってからこう付け加える。
「これはやめろ」
「なんでよ」
「呪われるぞ。その前に金がない」
結局、ストラップになった。あたしは携帯をとりだして早速それに取り付けた。
「まさか、あれがシリーズ化されたキャラクタ商品だったとはな……」
「ねえ、折原くん」
ストラップを付け終わった私は徐に訊ねた。
「これってデートみたいだね」
「そうなのか?」
彼は少し傾げていった。
「長森や七瀬と来るときはいつもこんな感じだぞ」
そうかも知れない。
長森さんとは長い付き合いで阿吽の呼吸だし、七瀬さんのあのパワフルさ折原くんの強引さを上手い具合に制御できるんだろう。今日、あたしがやってみせたみたいに……
だとしたら……
「ねえ、折原くん」
だとしたら、あたしだって彼の左側を占有できるかもしれない。何かで読んだ恋人の位置だ。
今は、茜の物だけどあたしにだってチャンスがあるかも知れないのだ。
あたしは、心の中の今まで秘めていた何の蠢きを感じた。
「何だ柚木。もう何もでないぞ」
「もし……」
それでも少し抵抗があるあたしの理性はそこで言葉をいったん切ってから、理性で制御可能なギリギリの言葉を紡ぎだす。
「もし、あたしが折原くんのことを好きでした、……なんて言ったらどうする?」
彼は別段驚くこともなく、サラリとこういった。
「考えても見なかったな。もっとも柚木の言うことだから本気に何かしなかっただろうけどな」
「じゃあ、試してみようか」
ワザと挑発的な態度をとって言ってみるあたし。
気まずく重い沈黙の後、彼が言った言葉は……
「何の冗談か知らないが、茜を裏切るつもりはないから」
折原くんは明らかに表情にださない静かな怒りを押し殺した笑顔があった。
「なんてね。冗談よ、冗談。本気にした?」
「元から本気だと思ってなかったぞ」
そう。元から勝負に何かなら無かったのだ。
あたしは茜の幼なじみで、そして、一寸強引なところがある一番の親友でいなければならないんだ。
そう……これがあたしの取れない仮面。
そう、これは冗談じゃなければいけない。
そうでないと、みんながこの居心地の良い場所を失い、そして全てが瓦解する。あたしだけならそれでも良かったけれど、茜に悲しい思いはさせたくない。
だから……
必要なのは折原くんへの思いを裁ち切り二人を祝福する仮面。
あたしは少しだけずれ堕ちたその仮面を再び被り直す。
そして、もう二度と心から剥がれ堕ちることの無いように、今度はしっかりと片結びで縛り付けた。
〜了〜