澪とドライブ 長森瑞佳編
(1)
春休みの平日。
たまたま、アルバイトのシフトも入っていなかったので、佐織か七瀬さんでも誘って買い物にでも行こうか、などと思っていた矢先の事だった。
かけようとして手にした携帯電話が突然鳴り出したからびっくりした。
今から思えば、その着信音こそがそれから始まる出来事に対して警戒を促す非常ベルだったに間違いない。液晶に表示された発信人は、柚木詩子さんだった。
『瑞佳さん?』
聞き覚えのある声は間違いなく柚木さん。彼女は、浩平の彼女の里村茜さんの幼なじみで、高校時代よく自分の学校を自主休校して里村さんのところに遊びに来ていた。すっかりわたしのクラスに溶けこんでしまった彼女は、砕けた性格で、男女誰からも好かれる人気ものになっていた。
ただ、一寸だけ難点をあげると、かなり性格が強引だった…。
わたしは、浩平や住井君と言った強者で慣らされていたが、浩平自身はというと結構詩子さんの強引さには手を焼いていたようだった。案外似たもの同志ていうのは相容れない物があるのかも知れない。まあ、詩子さんはそんな状態でもマイペースだったけど…。
「そうですけど…」
『あっ、よかったあ。一瞬間違えたかと思ったわ』
「お久しぶり…」
大学に入ってからのわたしは、詩子さんとはほとんど交流がなかった。なにしろ、浩平が一人旅してた結果、長欠の影響で留年しちゃってからは、起こす役目は里村さんに取られちゃうし…。浩平の大学が決まって卒業したらしたで、さっさと、里村さんと同棲しちゃったし…。
どっちにしても、元同級生の里村さんと付き合い始めてから、今までみたいに気軽に遊びに誘うなんて野暮なことは出来なかったから、おのずと、里村さんの幼なじみの柚木さんとも付き合いが薄くなっていた。
そんな柚木詩子さんから私宛に携帯がかかってきたわけだから驚かざる得なかったわけだ。
『瑞佳さん、相談があるんだけどうちの大学の学食までこない?』
やはり強引な誘いだった。
浩平達の通う大学の学生食堂はメニュー豊富で、この辺の大学では一番美味しいと評判だったし、久しぶりに、普段会えない友達に会うのも良いかも知れない。いまさら、会ってどうって訳じゃないけど、久しぶりに浩平に会えるかもしれない期待があった。それに断る理由も見つからなかったので
「うん、いいよ。これからすぐ行くから」と返事をして、バス停に急いだ。
確か、一時前のバスがあったはずだ。それに乗れば、道さえ混んでいなければ、ものの十分かからずに到着する。走ってバス停にたどり着くと、丁度目的のバスが来たところだった。
(2)
「…というわけなのよ」
浩平が通っている大学の学生食堂で柚木さんからある計画を打ち明けられた。計画は昨日の深夜に皆で密談〜最初「チャット」の意味が分からなかった〜して決めたらしいけど…立案と主導権は当然、柚木さんが握っていたに違いない。
「気が進まないよ。なんとなく、浩平を罠にはめるみたいだもん」
わたしは、計画の主旨自体には参加だった。しかし…
「柚木さんの計画の主旨…それには、わたしも大賛成だよ。驚かすのも、変わった趣向で良いと思うけど…はめるのは一寸気が進まないよ…里村さんも、やっぱりそう思うよね…」
何となく、浩平が気の毒だったので里村さんに同意を求めた。わたしはつくづくお人好しかも知れない。
「私もそう思います。でも…」
里村さんは溜め息混じりにそう言った。
「澪が乗り気なので…」
澪こと上月澪ちゃんは、私たちより一年下の後輩。
演劇部で劇の主役を張っていた子だ。セリフはなかったが、身体全体での表現力、気迫、演技力はそこにいた観客全てを魅了していた。後で訊いたら、喋れないんだというハンデを背負っているそうだ。そう言えば、浩平や里村さんと一緒に廊下を楽しそうに歩いているのを何度か見かけたことがあるんだけれど、やっぱり、喋る代わりに手にしたスケッチブックをぶんぶん振り回しながら、元気に身振り手振りを加えて楽しそうに会話していたっけ。
わたしも、あんな子が…欲しいな。って勿論「妹」にだ。
その上月澪ちゃんが乗り気だったら、わたしなら多分断れないだろうな…。たぶん里村さんも上月さんが乗り気だったのでむげに断りきれなかったのだろう。仕方ない…
「じゃあ仕方ないよね…わかったよ。アルバイトも丁度休みだし…、柚木さんに協力してあげるよ」
そうわたしが答えると
「…仕方ないですね」
と溜息をついた里村さん。なんだか同情するよ…。
「じゃあ、具体的な作戦なんだけど…」
と柚木さんが作戦説明に移ろうとしているところに浩平が登場…。
「茜、わるい遅くなった…あれ?」
登場して一番最初に里村茜さんか…まあ、わたしが来てるなんて浩平も思っていなかっただろうから…でも何となく寂しかった。そんな気持ちに一人浸っていると浩平が私の方を向いて言った。
「なぜ、ここに長森がいる!」
確かに、わざわざ此処の食堂にいるとを思わないだろうし…
「午後の講義が休講なんだよ」
とりあえず、当たり障りのない事を言って会話を繋げようとした。
「おお!そうかっ…って三月に入って講義は無いと思うぞ」
しまった…そういえば春休み中だったっけ。それじゃ…
「ここの食堂美味しいからね、バスですぐだし…」
これは、一寸苦しかったかも知れない…。でも、本当のことを言うわけにもいかないし…。
「食い物につられてくるなんて、まるでみさき先輩だな…。そうか分かったぞ。長森に変装したみさき先輩だな。正体を現せ」
みさき先輩って誰…
「浩平、また変な事言ってるよ…。そうやって里村さんにも迷惑かけてるんでしょ…」
みさき先輩の正体が分からないので、いつもの調子の会話に持っていく。
「…慣れました」
里村さんは一言だけ…。里村さんて、いつも必要以上のことは話さない人だよね。会話が弾まないよ…
「茜まで…」
何故か疲れたように言う浩平。
「はぁ〜。心配だよ〜」
そして、わたしはいつも通り溜息をついた。
浩平は、手短に里村さんから事情を聞くと、
「それでだなあ…長森」
と以前のペースでわたしに話を切りだしてきた。
「お願いだから、一緒に乗ってくれないか…」
わたしは、思わず二つ返事で了解しようとしたけれど…ここでわたしが上月さんの車に乗ったら、柚木さんの計画が台無しだとおもい、涙をのんで慌ててこういった。
「わっ!わたしは、だめだよ、バイトがあるし…。」
不自然に見えたかも知れない。一寸だけ不審そうな浩平の顔が、今度は残念そうな表情を作る。
「諦めて、二人でドライブしてくればいいじゃないの」
柚木さんがそう言う。ナイスフォロだった…。
「浩平…往生際が悪いです」
里村さんも駄目押しでそう言った…
そして一寸した雑談の後、浩平は里村さんと一緒に帰っていった。
「はぁ〜。…日曜日が思いやられるよ」
二人が帰っていった後、思わず溜息をついてしまったわたしでだった…
『澪とドライブ 完結編』に続く