澪とドライブ 里村茜編

(1)

『運転免許取るの〜』

 全ての発端は此処から始まった。

「澪が取るのか」

 浩平は少し驚いた様子で、澪に問いかけた。

 うんうん♪ と嬉しそうに、澪が頷く。

「一緒にドライブしようね」

「よし! 澪が取ったら俺が最初に乗ってやろう」

詩子も、浩平もいつもの調子でもう、澪が免許を取ったようにはしゃいでいる。

『いっしょに乗ってほしいの』

 澪は嬉しそうに私の方にスケッチフックを見せる。

「…嫌です」

 私にしては、一寸意地悪だったかも知れない。私も本気でそう思ったのではなく、素直な気持ちで言える澪に対して少しだけ嫉妬しただけだ。だからこそ、もう一度『いっしょに乗ってほしいの』とスケッチブックを潤んだ目で見せられたとき、「…冗談です」と答えられたのだった。

 澪が免許の試験に合格したのは、意外と早く冬休みのことだった。でも、後期試験や何かで多忙の日が続き、約束のドライブを決行日が決まったのは春休みに入ってからだった。

 

 そんなある日の昼下がり…、

「茜、柚木から電話だぞ」

 浩平の声に電話口まで呼び出された私は

詩子から、『ドライブの事で一寸面白いことを思いついたんだけど…』と話を切り出された。

 浩平が居るので詩子の言う“面白いこと”の具体的な内容は、後でチャットでと言うことにして電話を切る。

「柚木なんだって?」

「何でもないです」

「ならいいけどな…」

 浩平が何も詮索してこないのは私にとって都合が良かった。

 これが、つきあい始めた頃の浩平なら、何にでも好奇心を持って詮索してきただろうけれど、そこのところは、阿吽の呼吸というか、二人の暗黙の了解のが出来上がっている。浩平の幼なじみの長森さんほどではないにしろ二人で培ってきた時間の長さの中に生まれた信頼関係が作り上げたものだと思う。

 でも、もしかしたら、浩平の元々の性格上の面倒くさがりな面が生活という共有時間の中に発揮され始めただけかも知れない…。

 兎にも角にも、今晩のチャットで詩子が何を提案するかが何となく愉しみに思えた私だった。

 

(2)

23:23 shiiko>そう言う段取りで…

23:24 akane>…悪趣味です

23:25 shiiko>良いじゃないの〜♪

23:25 mio>わくわく♪

23:27 akane>悪いと入っていませんただ悪趣味だと…

23:28 shiiko>あらそう?驚かせるのは悪くないんじゃない?みおちゃんはどう思う

23:29 mio>楽しそうなの〜♪

23:31 akane>みおまで…

23:31 kotoneさんが入室されました

23:31 shioriさんが入室されました

23:31 mio>お弁当はお寿司がいいの〜♪

23:32 mio>こんばんわなの〜♪>ことねさん、しおりさん

23:33 shiori>なんだか楽しそうですね(笑)

23:33 kotone>こんばんは、みおさんご機嫌ですね。お花見にはまだちょっと早いですけど、どこかにお出かけですか?

23:34 mio>こんどドライブなの〜♪

23:36 kotone>いいですねえ。それでは、あかねさんやしいこさんもご一緒なんですか?

23:27 shiiko>そのことで一寸、話し合ってたの。

23:27 rumiさんが入室されました

23:29 mio>るみさんおひさしぶりなの〜♪

23:29 rumi>おひさしぶりー!

23:30 shiiko>ちょうど良いところに(にやそ)

23:23 rumi>えっなになに…?

 

(3)

「…というわけなのよ」

 ここは、私達の通っている大学の学生食堂。詩子が長森さん相手に話しているのは、今度の日曜日の計画だった。パソコンを持っていない長森さんは、昨夜のチャットには参加していない。

「気が進まないよ。なんとなく、浩平を罠にはめるみたいだもん」

 長森さんは、本当は此処の大学ではなく、この近辺の音楽科のある大学に通っているのだが、詩子がこの計画に参加させるためにかなり強引に呼び寄せたのだ。

「…それには、わたしも大賛成だよ。驚かすのも、変わった趣向で良いと思うけど…はめるのは一寸気が進まないよ…里村さんも、やっぱりそう思うよね…」

 苦笑いしながら私に同意を求める長森さんに

「私もそう思います。でも…」

 私は溜め息混じりに言う。

「澪が乗り気なので…」

 今頃浩平は、私と詩子にドライブ不参加を告げられて、七瀬さんあたりを誘おうとしているはずだ。実は、七瀬さんそして、広瀬さんもこの計画に一枚かんでいる。全ては、昨夜のチャットで話し合ったシナリオ通りに進展している。…というか、いつもの通りこの手企ては詩子の独壇場と言った感じだ。

 多分詩子は、浩平を驚かして楽しむのがこのイベント目的で、誕生日というのはイベントの口実に過ぎないのだろう。他愛ない、悪戯…に詩子のペースでいつもつき合わされてしまう。

 でも、その強引さの中の優しさが、私の支えでもあったのだけれども…。時々、浩平と、詩子のかなり強引なところは似ているなとふと思ったりする。当のふたりは大きく首を横に振って否定するに違いないけれど…。

「じゃあ仕方ないよね…わかったよ。アルバイトも丁度休みだし…、柚木さんに協力してあげるよ」

 最後の防波堤の長森さんが折れてしまってはもはや、詩子の暴走を止められる者は居なくなってしまった。当の浩平本人以外は…。

 当然ながら、浩平には、この計画は打ち明けていないのでもはや、詩子の暴走を止められる者は居ない。

「…仕方ないですね」

 私も、仕方なくつき合うことになった。

「じゃあ、具体的な作戦なんだけど…」

 と詩子が具体的な作戦説明に移ろうとしているところに何も知らない浩平がやってきた。

 

「茜、わるい遅くなった…あれ?」

 浩平の視線が長森さんに移動する。

「なぜ、ここに長森がいる!」

「午後の講義が休講なんだよ」

「おお!そうかっ…って三月に入って講義は無いと思うぞ」

「ここの食堂美味しいからね、バスですぐだし…」

 長森さんは、苦し紛れの言い訳をする。此処で、この場の違和感に気付かれたらこの計画は台無しだった。私は、いっそのこと台無しになればいいとも思った。

「食い物につられてくるなんて、まるでみさき先輩だな…。そうか分かったぞ。長森に変装したみさき先輩だな。正体を現せ」

「浩平、また変な事言ってるよ…。そうやって里村さんにも迷惑かけてるんでしょ…」

 長森さんは間一髪のところで、浩平のいつもの会話のジャブをかわしきる。流石に、手慣れたものだ…。結構羨ましかったりする。浩平が私と出会うことがなければ、間違いなく幼なじみからお似合いのカップルになっていたことだろうけど…。

 浩平が居なければ私は、未だにあの雨の空き地で立ち尽くしていたことだろう。浩平のあの強引さがなければ今ここに私はいない。だから…

「…慣れました」

 と一言だけ…。

「茜まで…」

 何故か疲れたように言う浩平。

「はぁ〜。心配だよ〜」

 長森さんは溜息をついた。

 

(4)

 計画は、詩子の目論見通り着々と進行していた。

 前日の土曜日。

 浩平と私は、近所のスーパーに買い出しに出かけた。毎週末の日課だった。それに合わせて、こっそり翌日の澪のリクエストに応えるための材料を揃えにかかる。お寿司と言っても生のにぎり鮨ではない。プロ並みに作る自身もなかったし第一、食べるまで保たないからだ。

 やはり、ここは、お弁当の定番、太巻き細巻きの巻きずしと寿司といなり寿司か、ちらし寿司若しくは、関西風にばら寿司なんて言うのも良いかも知れない。私は、無難に巻きずしの材料と稲荷用の油揚げ、中の御飯に混ぜる具を店内籠にこっそりと入れる。

「…浩平」 

「これでいいのか…いつもより少し多いみたいだな」

「気のせいです」

「それなら良いんだけどな」

 

……

………

 

 家に帰り着くと、早速夕食の支度に取り掛かる。今日は、この後明日のお弁当の下ごしらえと、チャットでの詳細の打ち合わせがあるからとても忙しくてぐずぐずなどしていられない。

 

夕食…

下ごしらえ…

チャット…

 私が、密かに用意をしている間になにやらごそごそとやっている浩平。どうやら、浩平も明日の準備をしているようだった。

 

そして…

 

 目まぐるしく全てが流れていき、気が付くと、朝の四時を回っていた。チャットから落ちると、その足で弁当の支度に取り掛かる。合流メンバーを含めて総勢七人分のお弁当が出来上がる頃には、浩平が起き出してきていた。

「おはよう」と浩平がいつもの気の抜けた挨拶をする。

「おはようございます、浩平」

 私もまた、いつもの朝の挨拶で返した。

 食卓の上には大きめのランチボックスが二つ。

「茜、これは何だ?」

 流石、浩平。一番に気が付いたようだった。

「…お弁当です」

 出来る限り、普段通りに振る舞う。

「だから俺が言いたいのはそうじゃなくて…」

 やはり量の方が気になったらしい。

「澪に頼まれました」

 まだ下せぬといった表情。仕方がないので苦し紛れの言い訳を試みる。

「…もう一つは実家に持っていきます」

「それじゃ、親御さんによろしく言っておいてくれ」 

「…分かりました」

 私は、申し訳ないと思いながらも、嘘を突き通す。

 しかもそれは、これから始まる詩子の企ての前奏曲に過ぎなかった…

 

 〜『澪とドライブ 長森瑞佳編』に続く〜