澪とドライブ 折原浩平編

(1)

「それでだなあ…長森」

 俺は、幼なじみの長森瑞佳にいつものペースでいきなり話を切りだした。

「お願いだから、一緒に乗ってくれないか…」

懇願する俺に、瑞佳は呆れたような困ったような、それでいて何処か楽しそうなそんな複雑なの表情で答えた。

「わっ!わたしは、だめだよ、バイトがあるし…。」

………

(2)

 事の発端は、三ヶ月程前に遡る。

『運転免許取るの〜♪』

 にこにこしながらスケッチブックを見せるのは俺の妹分、上月澪だ。その一ページにでかでかと書かれた文字は、俺がどう読み返して見てもそう読めた。 

「澪が取るのか」

 うんうん♪ 澪は嬉しそうに頷いた。

「わあ、澪ちゃんも免許取るんだぁ」 

 そう言ったのは柚木詩子だ。そう言えば、柚木が取ったときは散々見せびらかされて、挙げ句の果てには、茜や澪と俺の三人はドライブにつき合わされたな。

「澪ちゃんが取ったら一緒にドライブ行こうね」

 うんうん♪ と笑顔で頷く澪。

 無責任に、澪の期待を煽り立てる柚木だ。

「よし! 澪が取ったら俺が最初に乗ってやろう」

 俺も軽い気持ちで了承した。

「茜はどうするの?」

『いっしょに乗ってほしいの』

 わくわく♪ いかにも期待に満ちあふれた表情。

「…嫌です」

『いっしょに乗ってほしいの』

急にしょんぼりとしょげかえりながら、茜の前にスケッチブックをもう一度かざす澪。

「そうよ何でよ、乗ったげればいいじゃないの」

 柚木が珍しく茜に抗議した。

「…冗談です」

 一寸した冗談で事態が一転したことに対して茜は困惑してしまう。

 そして

「いいですよ」といつもの微笑みで答えた。  

『嬉しいの♪』

 今しょげていた事すら忘れて、茜のお下げにまとわりついて大はしゃぎの澪。

 そんな茜と澪の様子を見ながら

「あの茜が…高度なワザを使った」

「そ…そうね。意外とやるわね茜も」

 俺と柚木はお互いの顔を見合わせてそう呟きあった。

 

 

(3)

 パンと紅茶、そして蜂蜜や手作りジャム。それらが整然と並んだ食卓。

 いつもの朝の風景だ。

 茜は、自分のトーストに少しのバターとたっぷりの蜂蜜をかける。

 俺はそれを見ながら自分のトーストにバターとジャムを塗る。これもいつもの風景だった。

 茜は、自分のトーストを人囓りしてから。紅茶をゆっくりと啜ってから

「…浩平」

 と何か改まった風に言う

「どうしたんだ、妙に改まって」

「今度の日曜日なんですけど…」

 …日曜日。そう言えば今度の日曜日には、免許取り立ての澪にみんなでつき合ってやるんだったなと思い出す。

「…都合が悪くなりました」

「何かあったのか」

「母がたまには買い物につき合って欲しいそうです」

「そうか…それじゃ仕方がない。残念だけど澪にはおれから言っておくよ」

 俺はいつものように軽く受け答えした。

 もう三月にもなって講義もなかったが、茜は学生課に用事があるらしい。バイトも入れていなかったので俺も茜と一緒に出掛けることにした。そう、今から思えばそれも良くなかった。

「いつも通り学食で待ち合わせです」

「ああ、わかった」

 そう言って大学の図書館前で別れた

 大学構内はやっぱり閑散としている。こんな状態で学食を営業しているって言うのもかなり無謀な話だが、下宿組にとってはそれなりに重宝する物らしい。新学期まで里帰りしないでいる方が、或る意味旅費を捻出するより安上がりかもな…。下宿組の心配何かより、いかにして今、暇を潰そうか…、そちらの方が重要だったことを思い出す。柄にもなくその場で立ち止まり思案していると

「あ、折原君。珍しいわねこんなとこで逢うなんて」 

 柚木の声がした。…こいつ関わると今までろくな事に合った試しがない。

「珍しくはないぞ」

「そうなの?」

 思いっきり大げさに首を傾げる。そういや、ここって図書館前だったな…。俺にとっては体育館と同じぐらい縁がないかも知れない…って、それ程じゃないか。

「たまに講義を自主休講して来るからな」

 レポートの資料あさりと昼寝用の場所だが…

「折原君らしいね」

「柚木こそ、こんなところで何してるんだ」

「折原君探してたのよ」

「俺を?」

 俺は、柚木に思いっきり疑問符をたたきつけた。

「そう、折原君」

「俺はお前を捜していないぞ」

「あたしが折原君に会いたかったの」

「生憎だったな。俺には茜がいるんだ。」

「また、変な事言ってる」

「そんなことはないぞ」

「しかたないわね」

 …はあ〜と溜息をつく柚木に、

「…で俺に用って何だ」

 と本題を切り出してみた。

「日曜日のことなんだけど…」

「まさか柚木もか!」

「まだ何も言ってないわよ?」

「どうせ、ドライブを断りに来たんだろ」

「なんでわかったの?」

「…日曜日を切り出してくるとなれば、都合悪くなったって事だろ」

 茜といい柚木と言い…。

「あ、そういうことね」

 何か、思案しているようなふうで天を仰ぎ、また俺の方に視線を戻す柚木。

「そういうわけだから、日曜日はごめんね」

「用があるなら仕方がないさ」

「それじゃあね」

柚木は言うことだけ言うと、そそくさとその場から立ち去った。

 …参ったな、澪に運転させたら二人きりだと間が持たないぞ。だからといって、俺が運転したら意味がないし…。それに澪が運転しながらスケッチブックを見せたりとか、俺が運転している最中に見せられたりしたら危なくて仕方がない。

 止む終えんな。七瀬か長森でも誘おう。

 こういうとき、まずは七瀬だ。あいつがいれば、それだけで間を持たすことが出来るな。

 えーと…携帯番号は…

 トゥルルルルー、トゥルルルルー

『はい、留美です』 

「お、七瀬、久しぶりだな。」

『あ、折原…君。久しぶり。元気してたぁ?』

「まあまあな。ところで、」

『うんなに?』

「日曜暇か?」

『ごめん、日曜は、広瀬とツーリング行くのよ。あ、折原も来る?』

「いや、いい遠慮しておく…」

『…ごめんね』

「…それじゃな」

 プチっ!

 七瀬は無理か…

 それじゃ頼みの綱は長森だけだな…。後で長森のバイト先にでも出向いてみるか…。

 …バイト先に出向く必要すらなかった。

 

「茜、わるい遅くなった…あれ?」

 茜との約束の時間に学食に出向いてみると、さっき別れた柚木と話す茜がいた。何故かそこに長森も…

「なぜ、ここに長森がいる!」

「午後の講義が休講なんだよ」

「おお!そうかっ…って三月に入って講義は無いと思うぞ」

「ここの食堂美味しいからね、バスですぐだし…」

「食い物につられてくるなんて、まるでみさき先輩だな…。そうか分かったぞ。長森に変装したみさき先輩だな。正体を現せ」

「浩平、また変な事言ってるよ…。そうやって里村さんにも迷惑かけてるんでしょ…」

「…慣れました」

「茜まで…」

「はぁ〜。心配だよ〜」

 

 いつものセリフが出てきたところで、今いる長森が、みさき先輩が変装した長森ではなく、本物の長森だと言うことが分かった。これは、在る意味手間が省けたかも知れないな。

 そこで茜に、今までの会話のことを訊いてみると、「日曜日の事です」と言う。長森も事情を知っているらしい。俺にとってはなお都合が良かった。

「それでだなあ…長森」

 俺は、幼なじみの長森にいつものペースでいきなり話を切りだした。

「お願いだから、一緒に乗ってくれないか…」

懇願する俺に、瑞佳は呆れたような困ったような、それでいて何処か楽しそうなそんな複雑なの表情で答えた。

「わっ!わたしは、だめだよ、バイトがあるし…。」

 何処か不自然にも思えたが、そこまで言うのなら仕方がない。

「諦めて、二人でドライブしてくればいいじゃないの」

 柚木がそう言う。その表情の裏にも何か隠し事があるような気がするが…

「浩平…往生際が悪いです」

 …茜まで…

「仕方がない。俺も男だ。言った以上は責任を持とう。しかし…」

 少し大げさに弱ってみせる。

「間が持たんぞ」

「それなら、大丈夫よ。カーステレオ着いてるから」

 柚木が自信を持って言う。

「ナビ使ったら、CD聴けないなんて落ちじゃないだろうな…」

「大丈夫です。上月家の自家用車のCDプレーヤーはカーナビゲーションとは別です」

 今度は茜がそう言う。

 結構豪勢な仕様の車だな。でも茜が言うと妙に説得力が在るから不思議だ。

 柚木の含み笑いと長森のぎこちない微笑みが、妙に警戒心をそそる…。普段通りなのは茜だけだ。実は、“みんなグルでした”なんて落ちじゃないだろうなぁ…。

「じゃ、茜帰るぞ」

「はい」

 茜は、ゆっくり静かに立ち上がると

「詩子、長森さんさようなら」

 穏やかに挨拶をすます。

「あ、茜、バイバイ」

「里村さん、さよなら」

 

 結局その日は、いつも通り茜と夕食材料の買い出しをして、アパートまで帰りいつも通りの日常を過ごした。

(4)

 土曜日。運命の日の前日…

 俺は、CDラックから手持ちのCDを数枚抜き取ると、携帯用のCDケースに中身を収納し、軽快なバックパックに適当に詰め込む。

 俺が用意がすむまでの間、茜も気を使ってか起きていてくれたらしい。あらかた準備を手伝い終えると、ネット接続してチャットをしていた。澪が立ち上たサイト絡みらしく、メインはやはり柚木や澪や七瀬といった高校時代の仲間が中心だという。

 そう言えば最近、新しい仲間も増えて楽しいと言っていた。ある時、俺も加わりたいと言ったら、『…嫌です』という答えが返ってきた。どうしてかって訊くと、『女の子同志の秘密もあります』と真っ赤に頬を染めて言われた。…うーん気になる。こういう照れたときの時の茜はいつも以上に可愛いと思ってしまう。それ以上詮索しても拗ねるだけなので敢えてしないことにする。

 

 翌朝、俺が起きると茜はすでに起床した後だった。俺と同じで、朝が弱い茜にしては珍しく早起きだ。いつもは、俺と同じくらいか少し早いくらいに起きる。それがすでに寝床にいない。床を触ってみると起きてから大分立つことが分かった。

 寝起きのシャワーを浴びるためにキッチンの前を通ると、茜がいた。なにやら気合いが入っている様子だった。茜のエプロン姿はいつ見ても萌えるな。これで、エプロンの下が裸なら言うことはない。…前に頼んだら、即答で『嫌です』と思いっきり拒否されたので、それ以来その要望は口にしていない。いくら俺でも、無理強いするほど野暮ではないからな。

 テーブルの上を見ると、やや大きめのランチボックスが二つ並んでいた。

 

「おはよう」

「おはようございます、浩平」

 いつもの朝の返事が返ってきた。 

「茜、これは何だ?」

「…お弁当です」

 きっぱり言い切った、茜。

「だから俺が言いたいのはそうじゃなくて…」 

「澪に頼まれました」

 どうやら、一つは俺と澪の分らしい。俺の食べる分を考えると、まあこんなものだろうな。

「…もう一つは実家に持っていきます」

 俺が尋ねる前に、答えが先に返ってきた。伊達に一緒に暮らしていないな、七瀬や澪だとこうは行かない。まあ、付き合いが長い長森ならこれくらいの芸当をこなすかも知れないが、前みたいに四六時中顔をつきあわせていない分、茜より若干反応が鈍くなっているかも知れない。

「それじゃ、親御さんによろしく言っておいてくれ」

「…分かりました」

…思えば、俺は此処で全てを疑うべきだったのかも知れない…

そう、全ては仕組まれたモノだったのだ…。

 

 

 〜『澪とドライブ 里村茜編』に続く〜