「前にボクが祐一くんと遊んだ頃の街とはだいぶ違うよ…」

「…そうかも知れませんね、変わりますよね。八年もたてば…街も…人も」

私は、退院したばかりのあゆさんと連れだって街を歩く

祐一さん達の待つ駅前へと。

 

すっかり、雪の季節は終わり春風のシーズン。

街路樹の緑も色鮮やかに木漏れ日を揺らして…。

「今の少しかっこよかったですよね」

「うんかっこいいよ…栞ちゃん」

にっこり微笑むあゆさん。

 

もう、治らない病も、覚めない深い眠りも、もうそこにはない。暖かな季節だけがあるだけ…

 

「あっ!」

突然走り出したあゆさんを、私は必死で追った。

そこにはたい焼きやさん。

 

…というより、最近出来たワッフルのお店。確か…『山葉堂二号店』。

 

知る人ぞしる隠れた名店だと、チャットであかねさんが「山葉堂」の事を話題にしていた様な気がする。

『美味しいです』と一言。しいこさんやみおさんも賛同していた。

そう言えばこの間、名雪さんにご馳走になった、ここの苺ワッフルはとっても美味しかった。

 

「栞ちゃん、たいやきだよ!」

目を輝かせいていうあゆさん。

物凄い行列が出来ているので、背が低い私達二人にはメニューは見られない。

何故分かったのかと言えば『たい焼き新登場!』と手製の大ポップが店の前の歩道にはみ出して設置してあったことと、あずき餡の甘い香りがしたからだった。

 

休日の昼下がりだけあって、行列は後を絶たない。

たい焼き目当てと言うわけではないとは思うが、それにしてもそれなりの人並み…。

「…うぐぅ。たい焼き…」

呆然と立ちつくす二人の前に見知った顔が現れた。

 

「あっ、美汐さん」

「あっ、栞さん」

天野美汐さんは丁度買い終えてきたところで、その手には山葉堂の袋を抱えていた。

 

「どうしたんですか、それ…」

…包みにどうしても目がいく。それは、私もあゆさんも同じだった。

「待ち合わせ時間までには間があったので、これを…」

袋の中身は焼きたてのたい焼きだった。

 

「あとで、みんなで食べるぶんです」

「…うぐぅ。たいやき…」

もはや、たい焼きに釘付けのあゆさんだった…

「どなた…ですか…」

美汐さんは、あゆさんにようやく気がつく。

 

「あ、紹介まだでしたよね、美汐さん、こちら月宮あゆさんです。そして、あゆさんこちら天野美汐さん」

慌てて紹介する。

「こっ、こんにちは。ボク、月宮あゆです」

「こんにちは。天野美汐です」

慌てて、体勢を立て直し自己紹介するあゆさんと、落ち着いて答礼する美汐さんのやりとりのギャップは見ていてつい吹き出しそうになった。でも、必死にそれを堪える。

 

どう見ても、あゆさんより美汐さんの方が大人びて見えた。

少しだけ表情を曇らせる。考え事だろうか…

「…どうしたんですか」

「真琴も生きていれば今頃は、あゆさんぐらいだったかも知れません」

八年前に亡くなった妹さんを思い出たみたいだけれど…どうやら完全に誤解しているようだ…

「…美汐さん」

小さな声で耳打ちする。

「なんですか」

「…あゆさんは一つ上ですよ」

「…そうなんですか、てっきり…」

「ボクってそんなに幼く見えるかなぁ」

 

あゆさんの前で年齢の話題は、ある意味鬼門だった。

年齢より幼く見えるのは別に悪いことだとは思わないけれど、…あゆさん本人は気にしているみたいだし…

 

「そう言えば、あゆさんも天野先生が主治医だったんですよね」

「そうなんですか」

「うん、そうだよ。目が覚めたら天野先生さんと看護婦さんと秋子さんがいたんだよ」

にっこり笑っていった。

「そう言えば、父が…」

美汐さんは思いだしたようにいった。

「珍しく仕事の話をしてくれたんですよ」

「どんな話ですか」

「事故でずっと眠っていた患者さんが八年ぶりに目を覚ましたって…」

「あっ!それ、ボクのことだと思うよ」

手をポンと叩いて言った。

「『栞ちゃんのことも、彼女のことも…多分、信じ続ければ奇跡だっては起こせるんだって感じたよ』って言っていました」

 

いつもの街並み。春色の風。

三人並んでゆっくり歩く駅までの途。

 

「…あゆさんよろしければどうぞ」

あゆさんにたい焼きを一匹手渡す。

「ありがとう」

「本当は、後でみんなで食べようと思っていたのですが、まだ充分あるので」

山葉堂の大袋に沢山のたい焼きが入っているのが見えた。

「大丈夫なんですか、こんなに買って」

一寸だけ美汐さんのお財布事情が心配になったので訊ねると

「はい。何しろ、今日はたい焼きフェアらしいですから」

ポップを指さしていう。

 

確かに『たい焼き新登場』の下に、『たい焼きフェア・本日たい焼き十円』と書かれている。

いつも以上の行列の意味はそれだったらしい。

「栞さんも如何ですか」

「うぐぅ、栞ちゃん美味しいよ」

本当に美味しそうに食べるあゆさんに触発されて

「それじゃひとつ…」

と思わず答えてしまった私がいた。

焼きたてのたい焼きを私に手渡すと、自分も一つ手に取とってほうばった。

 

「…不思議ですね」

美汐さんは空を見上げながら言った。

つられて見上げた空の蒼さの中にジェット機が飛行機雲でラインを引いた。

「どうして…ですか」

薄れていく飛行機雲のラインから目を離して私の方を向く

「もしかしたら、出会っていなかった私たちがこうして街を歩いている」

微笑みを通して空の蒼を感じた。

「…そうですね、もしかしたらそれこそが奇跡なのかも知れないですよね」

そして

「それって一寸格好いいですよね」

「うん、かっこいいね」

「そうですね」

 

「…全然格好良くないぞ」

 

後ろからの予期しない回答に振り向く。

「栞にしては、珍しく遅いから迎えに来たぞ」

祐一さんだった。

「うぐぅ、まだ15分ぐらいあるよぅ」

あゆさんがそう言った。

「栞時間なら遅刻だ」

「…何ですかそれは」

そして一寸怒ったふり。

「そんな事いう人嫌いですよ」

「…冗談なんだが」

弱り顔な祐一さん。

 

「あっ祐一…、栞ちゃん、あゆちゃん、美汐さんも。香里と北川君待ってるよ」

今度は名雪さんだった。

 

今日は、お花見日和。

私たちは駅までの途のり、季節の中を駆け抜けていった。