……嫌い?

 キライ。

 そう、私はずっと姉が嫌いだった。
 『仲のいい姉妹ね』そう言われる度に、取り繕わなければならない私のストレスは、重圧でしかなかった。

 ……新学期
 それが訪れる度に繰り返されるいつもの儀式。
『ああ藤林さんて妹の方かあ。だから杏ちゃんに似てるだね』
 そんなとき、私は上辺だけ取り繕ってニッコリと笑う事にしている。
 当惑したり、あからさまに嫌な表情をして嫌われるのが嫌なんじゃない。
 そんな風に言われて悔しかったから何とも思っていないように見せつけるためだ。
 
 
 ……嫌い!
『杏ちゃんは出来るのにこんな事もできないんだ』
 いつでも比べられる私は、私であって私じゃない。
 姉のように私は器用じゃない。
 運動は……走っても良くて人並み程度。逆上がりが出来るようになったのは小学校最後の学年だったし、懸垂だって未だに三回以上こなせない。
『藤林さん、三組の杏さんの妹さんなんでしょ……やっぱり双子でも違うのかしらね』
 家庭科の実習の時、教科担任の教師が言った言葉。
 料理に関しては聞かないで貰いたいぐらいだってことは自分でもよく分かっている。
 だから、それについて何か言われるのなら甘んじて受ける。
 ……でも
 私だって好きで双子をやっているわけじゃない。
 もしそう思うんだったら、交替して欲しかった。

 キライ
 いつも姉は私は椋の味方だからという。
 多分それは本当のことだろう。
 でも、私には重荷でしかなかった。
 いや、ある意味屈辱に近かった。
 そんな風に思っても、表には出すことが出来ず表面上はニコニコと慕っているフリを続ける私の狡さが嫌だった。
 
 ……きらい

 だから高校は別のところを受験することに決めていた。
 勉強は自分の進路に対して不安がない程度の評定平均は取れていたしそれなりのレベルの名の知れた進学校だったから親も担任も納得してくれた。姉の目指す学校よりは偏差値が低かったけれど、なにより、姉と四六時中顔をつきあわせなくていいのが良かった。これでもう、少なくとも学校では比較されなくなる。
 私が私でいられるようになる。

 姉は、私より何だって上手くできる。
 勉強だって、運動だって、料理だって……
 人付き合いだって、少しばかり強引で乱暴なことを除けば概ね上手くやっている。
 多少畏怖も入っているかも知れないけれど、誰からも親しまれているのが見ていて羨ましい。
 いつも周りに人が堪えたことはないし、彼女が加わるとたちどころに全てが解決した。
 それに対して、姉は全く奢った面を見せず、彼女にとってはそれが日常に過ぎなかった。
 だから、いつでもその分のプレッシャーが比較される私に及ぶ。

 お姉ちゃんは
 お姉ちゃんは、
 お姉ちゃんは……
 その言葉は、私を拘束する呪文。
 少なくとも、進学したら学校に行っている間はその言葉を聞く頻度は減るに違いない。
 少なくともその間、私は私でいられるんだ。

 でも、そのささやかな希望はうち砕かれるためにある物だと知った。

 ……椋と同じ学校に行くことにした。だって椋の事が心配だから……

 その言葉は私にとって悪夢でしかなかった。
 勿論、姉に邪心なんか一欠片もない。
 私のことを大事に思ってくれているのも痛いほどよく分かる。
 でもね、お姉ちゃん……
 それがかえって私の重圧になっていることなんか、これっぽっちも理解していないでしょ?
 それが独りよがりじゃないって言うことも十分知っていて、私のコンプレックスの方が寧ろ独りよがりだって言うことも承知だけど……

 ……でもね、やっぱり「私」は、「私」なんだよ。
 私はあなたの一部なんがじゃなくって、歴とした『藤林椋』っていう一人の人間としての「私」なんだよ……

 私は『藤林杏』の鏡なんがじゃない!

 だから……、

 高校二年のある時、姉が珍しく風邪を引いて休んだのを良いことに、コッソリと入れ替わって姉のクラスに出席してみる。
 それが私だと気付いてくれる人を見つけるために……
 だけど、期待通りには行かない。
 やっぱり私のことを何らかの理由で体調の悪い『藤林杏』だと認識しているようだった
 でも……
「お前杏じゃないだろ」
「え?」
 その男子生徒は私が姉でないことを一目で見破った。
 漸く、私に気付いてくれる人をみつけた



 そう、私は私。 
 だから私は髪を切った。私が私になるために。
 姉を騙った私ではなく、「私」を彼に見て貰うために。

……

「ねえ、朋也くん」
 あれから、また桜の季節が何度か巡ってきた。
 今、私は彼は一緒に「私」という季節を歩いている。
「なんだよ椋。改まって」
 私は、歩みを止めて彼に向き合った。
「なんで、あの時。私がお姉ちゃんじゃないって分かったんです? まだ髪も長かったのに」
 立ち止まった彼は少し考えてからこう答えた。
「何となくだろうじゃねえか。いつもの殺気もなかったし……もっとも、春原の奴は気付いてなかったみたいだけどな」
「なんとなく……ですか」
 それこそ、なんとなく呆気にとられて気が抜けてしまったような気がした。
 何となく……か。人間の個性なんてそんな物なのかも知れない。
 ただ、なんとなくが全てを支配しているとすれば、その何となくのお陰でこうしてふたりで歩いていられるのだ。

 ひょっとしたら、何となく拗れたいとが嫌いという感情を生み出して意固地な私を作り出していただけなのかも知れない。
「ねえ、もし今ここにいる私が杏だって入ったら信じる?」
「縁起でもねえ。ただ杏と入れ替わってても直ぐに分かるけどな」
「髪を伸ばしても?」
「そりゃそうだろ。そんなことで間違えるやつと付き合いたいとは思わねえだろ」
「それじゃあ、今度は伸ばしてみますね」
 作り笑いじゃなくって本当の笑顔を彼に見せる。
 今の私は、彼にとってそして、私にとっても紛う事なき「私」だった。

 ……嫌い?

 今、私は確かにココにいる。
 それが実感できたとき、そう彼が私を見つけてくれたその日からこう思えるようになった。
 私が本当に嫌いだったのは私じゃないかと……
 もし、そうならその姉に嫌悪は対する姉への羨望と私自身への憎悪が重なったに過ぎないんじゃないかと……
 だから嫌いは好きの裏返しなんだと気が付いたとき
 姉のことをもう少しだけ理解してみよう……そう考えるようになった。

 櫻の花びらは風に踊っている。
 まるで心の中で一寸した決意をした私に、声援を送ってくれているようだった。