『死諸葛走生仲達』
……最初は長森さん。
「浩平まだかなあ……遅いよ」
派手さはないが地味ではない、趣味の良いよそ行きを着込んだ彼女は、そわそわしながら幼なじみの到着を待っている。
「あーん。……初めからわたしが起こしに行んだったよ」
学生時代のスリル満点の登校シーンを思い返すように、おたおたしながらロビーをきょろきょろと見回すが、一向に今日の一方の主役が現れる気配はない。
「里村さんはもう準備万端なのに……」
そして、そして口癖が出てしまう。
「……これから里村さんに迷惑かけないか心配だよ〜」
何事か意を決した彼女は、ここから駆け足で退場。
……二番目は七瀬さん。
「……で、瑞佳が迎えに行っちゃったの? 繭も瑞佳が混乱して目を離した隙にいなくなっちゃうし何やってるのよ、あのアホっ!」
向かい側に立つ大きなリボンをした小柄な女性の掲げるスケッチブックを見ながらそういった。
「えー? 浩平はアホじゃないって? いつもお世話になってるの……って。それは確かに認めるけど。そのアホとはチガ……って、上月さん、もしかして折原にほの字とか?」
リボンの女の子はボンッ! と顔を赤らめ、スケッチブックで顔を隠した。女の子の服装、ブレザーとプリーツスカートの白とのコントラストが余計に紅潮を目立たせる。
「図星……。はぁ〜、やめときなさいって。あんな甲斐性なし」
右手を振ってそういうと、もう一つ溜息を吐いた彼女。
「はぁ、何であいつはモテるのよ……。って人のことは言えないわ、あたしも」
そういって
「でも素直に里村さんは認めちゃうのよね……」
うんうんとリボンの子も頷く。
もう三度目の溜息を吐いて二、三度頸を横に振ってから退場。
……澪ちゃんの場合。
七瀬さんが立ち去ったあと、辺りを見回す。どうやら噂の元凶、折原浩平が到着していないか確認しているようだが、当然ながら見つけることが出来ない。
二、三度きょろきょろしてから溜息を一つ。
諦めたのかこちらをむき直す。
クイクイっと片手で頭のリボンをいじくっている。どうやらベストポジションではないらしい。暫くそうしていると、
「だあ〜れだ」と親しそうに彼女に目隠しする。
ビクッとした彼女は思わず小脇に抱えていたスケッチブックを落としてしまう。
そんなことはお構いなしに、彼女に目隠しをしていた女性は自分のペースで話し出す。
「ねえ、澪ちゃん瑞佳さん見なかった?」
振り返った彼女は、涙目でスケッチブックを拾うのも忘れてポカポカとその女性を叩きだす。
「ごめん。あたしか悪かったから……」
女性は彼女を宥めて落ち着かせると、スケッチブックを拾って彼女に手渡す。そして、もう一度最初と同じ事を訊ねる。
彼女の答えはスケッチブックに書かれているらしくこちらからは見えないが、その内容は女性の言葉で察することが出来た。
「……瑞佳さんらしいわね。でも、折原くんも茜を待たせるなんて良い度胸じゃない」
スケッチブックの内容は七瀬留美に見せたものと同じだろう。
「『浩平を責めないで欲しいの』って……。まあ、こう言うときは茜には実家から来て貰いたいっていう心使いは憎いんだけどね。それとこれとは話が別。自分が遅れちゃ意味無いでしょ」
ぶんぶん勢いよく首を横に振る彼女に、件の女性は
「……分かったって。澪ちゃん。そんなにしたら余計リボンがずれちゃうよ」
といって彼女のリボンを直した。
「よし、上出来。って澪ちゃんメイクが崩れちゃってるよ」
こちらを見て急いで確認した後、う゛ー、と唸って先の女性を睨んだ。
「あっ、あたしか……。ごめん。それじゃまだ時間あるから直して来なさいって」
うんと頷くと、とてとて退場。
……そこはやっぱり詩子さん。
澪ちゃんが退場してから、ふう〜と溜息を吐いて肩を竦めて、こちらに向かって意味もなくにまっと笑う。
「うんうん、やっぱり詩子さんよね」
意味不明に一人で頷いていからこういう。
「やっぱり、茜にはこのあたしがいないとダメだよね〜。折原くんには悪いけどね」
ちっとも悪いと思っていないような口振りと表情。
「ねえ、上月さん見なかった?」
振り向くとそこに、ソバージュの女性。彼女の肘をしっかり掴んで、肩下まであるロングヘアをリボンで括っている女性付いてきた。
「澪ちゃんだったら、メイクを直しに行ってるわよ」
詩子さんは化粧室を指さした。
「折原くんが着く前に会場で最終確認をしたいのよね」
困った顔。
「大変だね。それじゃ一寸待ってて、あたし澪ちゃん呼んでくるから」
「悪いわね。それじゃみさきと此処で待ってるからなるたけ急いでね」
「詩子さんにお任せあれ」
と、やや小振りな自分の胸をポンと叩いてさっき澪ちゃんが立ち去った方に退場。
……深山さんとみさきさんがその場に残されて。
「上月さん、手直しの割には遅いわね。それから柚木さんも……。どうかしたのかしら」
なかなか帰ってこない少しばかり不安そうに言う。
「澪ちゃんも気合いが入ってるんだよ」
みさきさんは裏付けのない確信めいた言葉で言った。
「確かに上月さんにとっては一番の晴れ舞台よね。こういったところで舞台なんて事になるとは思ってなかったけど……。多少、彼女のスケジュール調整には苦労したけどたまにはこういうのも良いわね」
「なんだか、澪ちゃん引っ張りだこだよね」
「そうよね……この間のドラマ出演も好評だったからね。バラエティーのレギュラーへのオファーもあったよ。お陰でうちの劇団もかなり助かってるけど」
心底助かっているような安堵の表情の深山さんに、
「雪ちゃんと二本柱だよね。でも、それじゃ、みんなが雪ちゃんと澪ちゃんのヒモみたいだよ」
「そこ、人聞きの悪い事言わない。みさきがそう思うなら、その分のみさきの食い扶持減らしたらうちも大分楽になるけど?」
「非道いよ雪ちゃん……」
心底非難するよう言うみさきさんに、
「うそうそ。でも、上月さんにはいつも苦労かけっぱなしだから、たまには彼女の希望もきいてあげるつもりで、今度のことを引き受けたんだし。ウチと元演劇部を総動員して会場の設営準備手伝わせて貰ったのも、日頃、澪ちゃんと仲良くして貰ってるから満更知らない仲じゃなかったしね。」
「そうだね。わたしも精一杯お手伝いさせてもらうよ」
うんと深山さんの言葉に一人で何かを決意したように頷いていったみさきさん。
「良い心がけね。普段の食費の分と、今日食べる分は働いてもらうからね」
「雪ちゃん、鬼だよ〜」
その言葉には耳を貸さずに
「上月さんも柚木さんも遅いわね……一寸見てくるわ」
「雪ちゃん、一寸待って……う゛ー痛いんだよー」
「みゅ……?」
行きかけて立ち止まる深山さん。括っている髪の先を掴んで、不思議そうに見つめている小動物系の少女がいた。
……迷子の繭ちゃん。
「あらこの子、七瀬さんが連れてた子じゃないかしら」
そういっている間も繭ちゃんはみさきさんの髪を引っ張って不思議そうに「みゅっ」だの「みゅー」だの言いながら髪を引っ張っている。
「痛いよー。雪ちゃん何とかしてよー」
後ろに引っ張られながら涙目で訴えかけるみさきさん。
「何とかしてっていわれてもね……。ごめんね、みさきが痛がってるから離してあげてね」
「みゅぅ……分かった」
彼女は深山さんの説得に応じてみさきさんの髪から手を離す。みさきさんは反べそをかきながら仕切と束ねてある髪の付け根をさすっている。
「ねえ、あなた七瀬さんとはぐれちゃったの?」
「みゅ? 違う。瑞佳お姉ちゃん捜してる」
「長森さんなら、折原君迎えに行ったよ。仲間内だけでやる打ち上げみたいなもんだっていっも、主役の一人が遅刻じゃ洒落にならないってからって」
「そうなの。浩平くん未だ来てなかったんだ」
ふうんと感心したようにみさきさんが言った。
「みさき、知らなかったの……。流石ね。あれだけみんなが騒いでたのに」
はあ、と溜息を吐いていると詩子さんと澪ちゃんが戻ってくる。
「深山さん澪ちゃん連行してきたわよ」
「連行って……。『遅くなってごめんなさいなの』ってまあいいわ。取りあえず、最終の打ち合わせするからきてね」
深山さんとには手話で話した澪ちゃん。多分、そうやって指示しているのだろう。二人の会話は大分手慣れたものだった。
「澪ちゃん大変だね」
何かをスケッチブックに書き込んでそれを詩子さんに見せた、澪ちゃん。
「ふうん、そうなんだ。じゃ、茜も楽しみにしてるから頑張ってね」
うんうんと頷いて、スケッチブックをぶんぶん振りながら澪ちゃん退場。
「澪ちゃんも大変そうだよね」
気配で察したみさきさんがそういって一人頷いて何事かを納得したようだった。
「みさきも来るの!」
「……ごめんね、雪ちゃん∀はわざとじゃないんだよ〜」
訳の分からないことを曰って逃亡を謀ろうとするみさきさんの襟首をしっかりと掴んで
「∀ってなに? って言うより確信犯。シド○ードを起用した時点で明らかだし。それより今は種運命じゃないの? 訳分からないこと言ってないで、忙しいんだからっ!」
ずるずるとみさきさんを引きずりながら深山座長退場。
「みゅう?」
慌ただしく退場していった三人にキョトンとしている繭ちゃん。
「みんな行っちゃったね。どうする?」
取りあえず、いつものペースを崩さないのは詩子さんの詩子さんたる由縁だ。
「あっ、いたいた! 七瀬、椎名こんなところにいたわよ」
今度はショートカットで少し勝ち気な雰囲気の女性がやってきた。
……VS広瀬さん。劇場の決戦?(笑)
「今度は七瀬とはぐれちゃったわ」
広瀬さんはそう言って溜息を吐いた。そして、詩子さんにこういった。
「取りあえず、椎名見ててくれて有り難うっていっとく」
「あれ? この子の保護者って基本的に瑞佳さんじゃなかった?」
詩子さんが訊ねると
「長森さんに入り口で頼まれたのよ。でも、彼女慌ててどうしたの?」
「折原くん迎えに行っちゃったよ」
しれっと言い切る詩子さん。
「……いいのそんなんで。彼、主役でしょ」
はあ〜と深く溜息を吐いた。
「あたしはいいけど」
「なんでよ」
「だって茜が主役だからね」
「……確かにそうなんだけどね。だからって相方いないと洒落になんないでしょ今日は」
「それなら大丈夫よ。あたしがいるし」
本心なのか冗談なのか、詩子さんの態度を謀りきれない広瀬さん。ふと思い当たることがあったらしく
「あんた……やっぱり留美と長森さんの言う通りの人よね」
そう言うと苦笑した。
「え。なになにー?」
「折原に似てる。性格がよ……」
「えー。そんなこと絶対無いよ。詩子さんは詩子さんだしね」
やや不満げにそう言う詩子さん。
「『浩平もそう言うんだよ』って長森さんの模範解答付きだけど?」
「瑞佳さんも案外人を見る目ないよね」
よく言うわ……と言うような眼差しで詩子さんを見つめる広瀬さん。
「ねえ、広瀬ー。繭いたー?」
七瀬さんの声がした。
「みゅーっ♪」
全速力で七瀬さんの声がした方向に突進していって繭ちゃん退場。
「あら、もう一人の保護者登場ね」
板井もとい、痛い痛いと七瀬さんの声が聴こえるのは気のせいにしておく。
「ごめん。一寸、七瀬助けてくるわ。あんなんでも一応は親友だし。椎名の保護者代理としても」
広瀬さんそう言うと、そそくさと退場。
……本日の首謀者。
「柚木さん、折原未だ来ないのか」
詩子さんが振り返ると、住井くんと南くん。他にもいる様だけどこの辺りには見あたらない。
「住井くんに沢口くん」
「よお」
「オレは『南』だぁ〜」
沢口(南)くん涙目で絶叫しながら退場。
詩子さんと住井くんは暫く彼の退場していった方を見ていたがやがて何事もなかったかのように……
「瑞佳さんが迎えにいったよ」
「……この期に及んで遅刻なのか。『住井護プレゼンツ』なんだ。遅刻は許されまい」
そこへウェディングドレスで着飾った女性が控え室からやって来た。
……本日のお姫様。
「浩平、どうしたんですか……」
ドレスの女性は茜さん。本日のもう一人の主役。そして、長いお下げは今日も健在だった。
「いつもの寝坊だって。わあ、茜、あんた今日は一段とゴージャスね。やっぱり何着せても似合うとは思ってたけど衣装に着られてないで着こなしちゃうところがやっぱり茜よね」
「詩子……褒めすぎです」
茜さんの頬が僅かに紅に染まった。
「お世辞じゃないわよ。ね、住井くん」
住井くんの方に視線の対象を移すと、
「……不覚だ。この不肖住井護ともあろう者が……」
魅とれていたらしい。
「ほらね」
マイペースなのは詩子さんだけなり。
「十点」
……そして真打ち登場。
そこにようやく到着した彼を確認した茜さんは
「何点満天ですか?」
訊ねた。
「十点」
「また……消えたのかと思いました」
「信用されてないんだな」
照れ混じりのばつの悪い苦笑いをしている彼の唇を茜さんは……
「浩平……置いていくなんて非道いよ。折角迎えに行って……」
……長森さんは茹で蛸のように真っ赤になって、その場で機能停止した。それももその筈、今日の主役のふたりが、気の早い誓いのキスを披露していたのだから……。
……そして仕切直しはやっぱり詩子さん。
「……茜も案外大胆よね」
詩子さんはそう言いながらしっかり手にしたデジカメで記録することを怠らなかった。
「みゅ……」
ふたりが正気に戻ると、深山さんの一党を初め、繭ちゃん、七瀬さん、広瀬さん、稲城さん等概ね此処に一同が会して、ふたりの動向に注目していた。茜さんが頬を紅く染めてフリーズ状態に陥り、再起動までに時間を要したのは当然の成り行きだった。
「ねえ、みんな揃って主役もこうして居るわけだしここで、記念撮影しちゃおう」
「それ、オレの台詞……」
住井くんが詩子さんに対してささやかな抗議を試みたが、その異議申し立ては全く彼女の耳には入っていなかった。
「南くん、これセッティングお願いね〜」
いつの間にか用意していたOM−1と、足を延ばした三脚を手渡すと、詩子さん自身はさっさと自分のベストポジションに収まってしまった。
主役のふたりを中心に皆思い思いの場所に集合して並んでタイマーがセットされると今度は南くんがこちらに向かって走ってくる。
「ねえ、いたずらしちゃおうか」
わたしは彼と彼女に耳打ちする。
「あっそれ名案だよ。勝手にかえっちゃったこうへいへのふくしゅうだよ」
彼女はそういうとにまっと微笑んだ。
「あんまりゾっとはしないけどね。やるんだったら協力するよ」
彼も優しく微笑んだ。
……数日後……
住井君から私たちの下に一通の封書が届いた。
仲間内の有志で開いてくれた披露宴兼ある意味同窓会の写真だった。ほとんどは南君や住井君が撮影したものだったけれど、中にロビーでのキスシーンがしっかり収められている写真があった。多分詩子の仕業だろう。
『ドレスが綺麗なの〜』
「茜って見かけに因らず大胆よね」
遊びに来ていた詩子と澪がてんでに感想を言い合っている。もちろん浩平もだ。
一枚の集合写真が目に付いた。開始前にロビーで撮った中の一枚が引き伸ばされたものだ。
「……これ鏡に何か写り込んでいます」
私がそう言うと
『人に見えるの』
「これあんたたちの母校の制服だよね」
澪と詩子がそう言いだした。
「氷上!、みずか、……みさおまで!」
浩平は顔面蒼白でその場で思考停止して固まってしまった。私が呼んでも暫くは上の空で返事がなかった。
「みさおちゃんて折原くんの亡くなった妹さんだよね。氷上くんは在学中に亡くなったんって聴いたしでも、『みずか』って瑞佳さんのことでしょ?」
私には少し心当たりがあった。それは浩平話していたあちらの世界の案内人の名前だ。……でも、それがどうであれ、それは人でないもの。そうすると他の二人を含めて考えると或る意味……
『心霊写真……なの』
澪が私にしがみついて怯えて続ける澪が見せたスケッチブックの文字は、素人には判別不能なほど震えていた。嬉々としているのは詩子だけだった。
このあと、浩平が回復するのに数分かかったり、澪が夜道を怖がって泊まると言いだして、当然のように詩子も泊まっていったのは、私が敢えて語らなくても理解してもらえると思う。
……浩平&茜のアパートのどこかの鏡を通して
「やり過ぎちゃったかな。みずかちゃん」
「そんなことないんだよ。こうへいはあれくらいやらなきゃ。でも澪ちゃんには気の毒だったかな……」
「取りあえず、もう止めといたほうがいいと思うよ。二人とも」
「「……そうだね」」
後日、あの写真が某雑誌に投稿されてあそこが心霊スポットとして紹介されることになるのだけれど、その辺の事情は、司馬仲達ならぬ詩子さんに訊ねてほしい。
多分こう答えてくれるハズ。
『死せるみさおちゃん生ける詩子さんを(投稿に)走らすだね』
……微妙に意味が違うような気もするけど、多分確信犯。
だから、そこから先はわたしたちとはまた別のお話なんだよ、
ね! ……お・に・い・ちゃ・ん♪……
〜劇終〜