〜`It May Fly〜
色……
蒼。
見つめた空の成分
思えば遠い過去にも
こうやって眺めた蒼
何時のことだったか……
◆◇◆
『一寸待ってくれよな』
蝋燭から適度な距離を離して父が竹籖を炙っている。
焦がさぬよう……
父の手によって竹籖が微妙なカーブを形成する。ワクワクしなから俺はその様子を傍らから窺っていた。俺が近づこうとすると
『危ないからなもうすこし離れていた方がいいよ』
にっこり微笑んむ父に優しく諭された。
◇◆◇
卓上スタンドの白い光りの下で必死に竹籖やらなにやらと格闘している俺。
すでに、渚も汐も床に就いていたが、やり遂げなければ親父としての沽券に関わる。
幸い明日から三連休なので多少の強行軍は大丈夫……だと思う。
そもそも、なんで俺がこんな事をしているかというと……
話はその日の夕方に戻る。
橙色に染まる空の下、会社帰りに立ち読みでもと立ち寄った書店でスーパーのビニール袋をぶら下げた汐が何かをじっと見つめている。俺が近寄ると「パパ……これ」と指さした。
近寄って見るとそれは模型飛行機のキットだ。
動力はゴムで細での角棒を機体として、主翼と尾翼は竹籤を熱して曲げて組み合わせていくタイプの単純な作りだった。対象年齢はかなり高めだったが、俺が手伝ってやればさして造作もないだろう。
汐はというと、俺がパッケージの説明書きを読んでいる最中もじっと見つめて行く末を見守っていた。
汐はそれほど物を強請ったりする方ではなかったし、此処まで物に執着するなど珍しい。然からばと、さして多くない今月分の俺のポケットマネーから三機程購入した。一機は勿論俺用であり汐用を失敗したときの予備機でもある。残りの一機は渚用ということにしよう。
家に帰り着くと夕飯の香りがした。
「今日は肉じゃがです」
二人の帰りを待ちわびていた渚の何気ない一言。
夕飯が済んだら早速汐がさっき買ったばかりのそれを持ち出して催促してきた。
「仕方ないなあ」
俺は、食事を片付けたばかりの座卓の上を占領してそれを開いて見せた。
キットの中身は、翼を構成することになる数本の竹籤と胴体の角棒。プラスチック製のプロペラとそのシャフトになるフック。それを取り付ける金具と太めで長いのタフそうな輪ゴム。それと翼用の紙。
……野球中継の地方局は消化試合の横浜戦を放送している。
「こいつは案外……」苦戦するかも知れないな。キットに頭を抱えながら画面を見ると、がに股打法の種田がヒットを打ったところ。そしてもう一度手元を見ると、用意した覚えのない必要工具やら接着剤やらが既にそこにあった。
用意してくれたのは有り難いが観客が約一名増えているのはどうだろう……
わくわく見つめている対の瞳が二組。その所有者のうち小さい方と目を合わせていった言った。
「手伝うんだぞ」
「らーさー」とどこぞのロボのような返事が……しかもハモっていた。
「あのなあ……」
なんだか悪い予感がした。
「宇宙の○士ですっ!」
ちなみに、伏せ字の中はR.A.ハインラインのそれではない。
「オッサンか……」
こんなネタを仕込みそうなヤツは他にいない。そう言えば、件のアニメのLD-BOXを、肉屋のオヤジからからせしめたとはしゃぎ回っていたな。今時LDというものどうかと思うが、それよりそのネタをわざわざ娘と孫に吹き込むのもどうかとおもう。諦めの溜息をひとつ。
それと、渚も返事をしたって言うことは、やっぱり渚の分も含めた三機とも俺が作らなきゃならないんだろうなあと二つ目の溜息をついた。
しかしまあ、愛しい妻と愛娘の期待に応えるのが漢という物だろう。しかも、「漢」は「おとこ」と入力してもデフォルトで変換されないから困り物だ。勿論、ATOK11を鍛えれば何の問題ないのだが。まあそれは兎も角、俺は缶ビールのハーフ缶を一気に飲み干すと戦闘態勢に入った。
型紙通りに寸法を測るのは渚の仕事。切るのは汐の仕事。それを設計図(組立説明書)通りに摺り合わすのが俺の仕事になった。勿論、竹籤を曲げるときに使う蝋燭の火は危ないので俺か渚がやってやる。
最初は頼りなげなカッター捌きだったが、学校でも工作をするらしく、見る間に様になっていく。有り体に言えば、俺何かよりもずっと器用かもしれない。こうなってくると俺のちっぽけなプライドに火がついた。等と言っている間に、汐が眠いと言いだしてリタイヤ。
当たり前といったら当たり前の話だ。
結局、渚もリタイヤして俺一人が残りの作業をこなしていくことになる。
卓上ライトの光りの白さが何となく寂しかったが、此処まで作ったらやりきるしかあるまいと、気が付いたら丑三つ時をとうの昔に過ぎていた。
そう言えばこんな光景何処かで見たことがある……
◆◇◆
『とうさん』
『ん?なんだ未だ起きてたのか』
作ってと催促したのは勿論俺だった。
夜中にトイレからも取ってくると居間から灯りが漏れだしている。そっと覗くと父は、未だ座卓の上の模型飛行機と格闘している背中があった。
『大丈夫?』
催促しておきながら大丈夫も何もないんだが、小学生の俺にとっては父も飛行機もどっちも大切な物だったから、そんなことが矛盾だなんでおもわなかった。
『気になるのか?』
うんと頷いた俺の頭を、よしよしと撫でてくれる父の手は無骨だが温かかった。
◇◆◇
「……くん、……やくん」
俺を呼ぶ声がする。
気が付くと、肩から軽い上着が掛けられていた。
「あんまり無理すると体に悪いです」
渚だった。汐もいる。
どうやらトイレに起き出した汐の面倒を見てやった後らしい。
「……わりいもう少しなんだ」
食卓に向かって突っ伏して寝入っていたらしい。今では大分丈夫になったとは言え、渚に気を使わせるのは少しばかり心が痛んだ。ただ、こればっかりは後へひけない。
「大丈夫だから……な」
そう言って、渚と汐の頭を撫でて二人を寝かしつけた。
渚の後ろから心配そうに見つめる瞳は、どっちを心配しているんだろうな。
ふと、作業台と化した食卓上を見ると湯気のたった紅茶が置いてあった。俺は、その琥珀色を暫く見つめてから一口すすって甘い香りを感じとった。アップルティーだった。それをもう一口すすりながら思った。さて、もうひと頑張りしようか……
◆◇◆
ようやく出来上がった模型飛行機を持って父と河川敷までやってくると、さわやかな秋色の風が吹き抜けた。
午後の日差しは心地よかったし、バーベキューをやっているメンバーもあまりいなかったので絶好のコンディションだった。父は眠そうに目を擦りながら、それでも疲れた素振りは極力見せないようにしている。翼の捻れを調整するとプロペラをくるくる指で回して動力のゴムの巻きを貯めていく。
『それじゃ試験飛行といこうか』
『やらせてやらせて』とせがむ俺に、念入りに巻いたゴムが飛ばす前に解けないように慎重に初飛行の特権を託された。
『こう言うとき一寸した呪文が有るんだよ』
まるで友達に今思いついたとっておきの悪戯を打ち明けるようにウインクして微笑む。そして蒼穹の満たす秋の蒼さに向かってこう叫んだんだ。
◆◇◆◇◆◇
「『May it fly!』」
◇◆◇◆◇◆
「……?」
「おまじないだよ、飛びますようにってね」
河川敷の草の青のなか、汐が不思議そうに俺の方を見上げた。
それが父に奨められて大好きになった漫画の一節だって言うことは敢えて言わないでおいた。
◆◇◆
『……で飛行少年の問いかけに根負けした女流飛行士がこう言ったんだ。”飛びますように”の”May it fly”か”飛ぶんじゃないかしら”の”It may fly”のどっちかを選びなさいって。だから、その少年の航空船の名前は代々”メイフライ”となるんだけど……”飛びますように”って言うのも満更悪いことばじゃないだろ?』
父が悪戯小僧のようにニヤと笑った。
◇◆◇
「確かに、悪くはねえな」
「何がですか?」
一人納得する俺に、渚も不思議そうに覗き込んだ。やっぱり親子だよな……
……そう言えば、親父とも親子だったな。
◆◇◆◇◆◇
メイフライ!
大空の蒼に溶けこんだその機体は、彼方へと飛ぶ。
それを追いかける汐の姿とあの日の俺がオーバーラップする。
…… たぶん 俺は あの日の父さんなんだろうな ……
飛行機を追いかける汐と、感慨深げにそれを目で追う俺の方を土手に腰掛けた渚の暖かで穏やかな視線が、何時までも見守っていた。
あの飛行機は何処へ行くんだろう……?
あの日の飛行機は何処へ行いったんだろう……
いつもと同じ筈の秋空の蒼がやけに眩しかった。
その夜、久しぶりに父に電話を掛けた。
簡単な現状報告の後、汐、渚と順番に受話器が渡り、俺に受話器が還ってきた。
「なあ父さん。そういえばあの飛行機何処にいったんだっけ?」
一呼吸おいて還ってくる父の言葉。
『ああそれなら、こっちにしまってあるよ。もう飛ばないけどね』
電話の向こうで懐かしそうに笑う父の顔が見えた。
……思い出した
風に乗った飛行機は、予想以上に飛んで、見つけたときには骨が折れていた。
残念そうにしていたのは俺だけじゃなくて父も、また同じだった。でも
『なあに、もう一回作ればいいのさ』
と自分以上に悄気ている俺の肩を二つ叩いてを慰めてくれたっけな。
暫くあったんだけどいつの間にか無くなっていたと思ったら、実家に持っていっていたのか。
「また作ってくれないか、父さん」
『お安い御用だ。あのくらいなら、いくらでも作ってあげるよ。何ならこっちに遊びに来る時までに作っておこうかい?』
……一寸した楽しみもできたことだし、年末の長い休みにでも久々訪ねるとするか。たまには親孝行もしたいし、それに、俺も父さんほど立派じゃないけどそれなりの父親にはなれたぞって、自慢したいからな。
……色
その蒼は空のいろ
彩りの色に
おもいでのいろ
いろ……
〜了〜