『フライング』
「いざと成ってみると人間ていうのは変なところに力が入りすぎていけないな」
落ち着こう。携帯の時計表示を見ると約束の時間より一時間ほど早かった。
いつもなら、栞時間を出し抜いてやったぞと心の中でほくそ笑むところだが、今の俺にはそんな心のゆとりはない。
俺はその玄関をもう一度見る。
玄関それ自身は、総ガラス張りだとか、妙に古めかしい硝子入りの格子戸とかそういう特殊仕様ではなく、別段何も仕掛けはない新興住宅地には有り触れたものだ。当然のように核シェルターとか、銀行の金庫のように地球が崩壊でもしない限り壊れない……なんて仕様であるはずもなく普通のものだった。
もっとも、この家の姉妹は少しばかり変わり者だと言えなくもないから、ひょっとしたら何かしら仕掛けのが……なんて事は絶対にありえないというか、そんなことを考えていると『そんな事言う人嫌いです』とか『相沢君に言われたくはないわ』とか思考を先読みして言われそうだからな。
何も仕掛けがないのは、何度も此処を訪れている俺が保証する。防犯用に自動的に点灯するランプは増設されてはいるが、それすら一般的に成りつつあるから普通の範疇だしな。尤も、栞も香里も俺が何の用事で来るか知っているので、日頃の俺に対する当てつけで何か奇抜な仕掛けを……しないな真琴じゃあるまいし。
……というより、こんな莫迦な現実逃避を繰り返してしまうのは、俺が今尋常な状態で此処に望んでいるのではないからだな。
家でも此処までの道中でも、頭の中で何度もシュミレーション……、違ったシミュレーションだな……を繰り返して此処までやって来た。そう言えば、昨日は俺が予行練習をしているのをあゆと秋子さんに聞かれて、
『祐一君ラブラブだね』
とか
『若い頃のあの人を思い出すわ』
とか言われていまい、終いには普段は聞けない想い出で、某AT乗り並に空白部分のある秋子さんの謎部分の一部が、その時埋まったりしたのだが、それはまた別の話だった。勿論、名雪は自室で夢の中だったんだけどな。
いかんいかんと現実に立ち戻ると、やっぱり玄関があった。
普通の玄関だ。何度見てもそれは替わらないから凝視してもしょうがないんだが、今日は何故だか知らないがそれがまた嫌と言うほど視界を選挙……、この期に及んでここで「選挙」はしない。したらしたで面白い結果が出るかも知れないが、俺が落選なんて嫌だから却下だ。勿論、俺は護衛艦や輸送艦を建造したり修理したりもしないから「船渠」でもない。「占拠」だ。
玄関。それは今、視界を占拠する壁となって俺の前に立ちふさがる。
圧倒的存在感のそれを俺はこの際だから詳しく見てやることにした。
フムフム。材質は木材のようだ。多分外材だろうが、俺には、それが何の木を使って拵えられているのか知識がないのでさっぱりだった。一応この地方のことだから、防寒仕様にはなっているんだろうが、普段全く気にせず、また興味のない事柄となるとどうしてこうも疎いんだろうな……。
そうそう玄関で思い出した。水瀬家の玄関には何故か特定の場所に傷がある。
その傷というのは、或る特定の人物が、いつも同じ場所でつまずいて同じ処にぶつかるから出来た傷だ。当然、その特定の人物とはあゆのことなんだが、あいつも、家の中で慌てて走ってこなくても良いと思うんだがいくら言っても聞かないから放置だ。
……
終わってしまった。これじゃあ間が持たない。
現実に立ち返り、また目の前を見るとやっぱり玄関がある。
玄関は、俺の前に圧倒的に立ちふさがっているように見える。……が、それも厚さ数センチほどの見慣れた玄関のそれだ。
刑事ドラマなんかでは、容疑者の家なんかに突入するとき体当たりをかましてぶち破るなどという動作がよく見られるが、此処でそれをやるつもりはないし、容疑者を逮捕しに来たわけではない。まあ、栞が容疑者といえなくも……というより、俺の方が自首しに来た様な気分になってきたぞ。
うーむ。
それより、俺が不審者に見えないか?
着慣れないスーツを着込んで、玄関の前で行ったり来たりしている。ほら、近所のおばさんらしき人が俺の方をじっと見て何か訝しげな視線を投げかけている。取りあえず、愛想笑いだけでもしておくか。
俺は、多分この上なくぎこちない営業用スマイル的愛想笑いをしながらの会釈。
一瞬変な顔を見せながらも、流石はあちらも主婦のプロ。同じように愛想笑いの会釈で返してくる。
ムムッ出来る!
奇妙なコミニュケーションがそこに成立する。
奇妙なのは今日の俺の方か……
再び、正面を向き直す。
相変わらず玄関がある。もう一度見直しても何も変化はない。何の変哲もない只の玄関だ。木星ではなく、木製で恐らく外材が使われているのだろう。木星だったら嫌だぞ。ブラックホールにぶつけられたり、爆弾の材料にされたり、木星蜥蜴が襲ってきたり、謎のモノリスに占拠されたり、挙げ句の果てにはアシモフには売られたりているし。
……そろそろネタが尽きてきたな。
現実に立ち戻らないと……
思えば色々あったな。
栞と出逢ってからこっち、落ち着いた日々がなかったような気がする。
大体、出逢い方がアレだ。
あゆの食い逃げの逃亡に付き合って、道に迷ったのが運の尽きだったような気がするぞ。
あゆの突撃の巻き沿いを喰ったのが栞だったんだけど、まさか、あの時、あいつが難病を抱えているなんて思いもしなかった。まあ、なんだ、難病といえば後から知ったんだが、あゆも同じ病院で入院していたらしい。あの時の状態がまさか「生き霊」だったなんて誰も思わないからなあ。今は栞もあゆも病人じゃないが……
でも、よくよく考えると奇妙な縁だよな。その後は、何となく上手い具合に栞の術中に填められたような気がする。
香里に言わせると、『あの子、自分が欲しいものは意地でも手に入れる性格よ。相沢君も覚悟しておいた方がいいわ』といって意味深に笑うのだが、まったくその通りのような気がするぞ。
というわけで、栞の術中にまんまと填った俺なんだが、不思議と悪い気がしないのは、そこまで彼女に入れあげている俺にも責任があるのかも知れないな。
というより、今日はその責任を果たしにここまでやって来たんだが……
目の前を見るとやっぱり、さっきと変わらす美坂家の玄関が俺の前で立ちふさがる。まるで、人生の壁のようだな。などと思いながら、その人生を俺は未だ半ばも生きていないから偉そうなことは言えない。
立ちふさがる者は壁に在らず。というか、インターフォンのボタンを押せば済むだけの話だ。でも、そのボタンに手を伸ばそうとすると、何故だか気恥ずかしさからか躊躇して思いとどまって我を振り返ってみたりする。
栞にとって、本当に俺で良いのか。
俺は本当に彼女を倖せに出来るのか……
自問自答を繰り返し、挙げ句の果てに訳の分からない現実逃避してしまうのだが、此処で落ち着いてみよう。そう自分に言い聞かせて時計を見ると、さっき此処に着いてから時計を見たときから五分ほどしか経っていない。五分も人の家の玄関前を行ったり来たりしていたら充分すぎるほど変質者だ。このご時世、誰かが一一〇番通報していてもおかしくはないぞ。
諦めてインターホンを押すか。
深呼吸をして……
一、二、三、でせーのだ。
ほっほっふぅーっ……ってこれは、マラソンだったかラマーズ法だったか。
違う!
今度こそ真面目に深呼吸。
すぅっー
際限なく吸って……ってどこで吐くんだ?
なんて莫迦は止めておいて、無難に吐ききるとなんだか落ち着いてきた。
では、今度こそ……
ピーンポ、ガチャッ!
俺が指をボタンから外す前にドアが開いた。
そこで思わず
「お父さんっ! 栞さんを俺に下さい!」
「ゆっ……! 祐一さん」
しまった!
そう思ったときには、既に遅く、玄関の向こうには……
ドアノブを握ったまま真っ赤な顔をして機能停止状態の栞。
その後ろで、吹き出しそうなのを必死で堪えている栞達のお母さんと香里。
唖然として茫然自失な栞のお父さん。
……
「でも、そのお陰でその後上手くいったんだよね」
「そうだ。あゆの言う通りだぞ。たからこれで良しとしよう」
「何が良しとしようですかっ! そんな事する人嫌いです」
そんなわけで正式に栞と婚約した今も、それまでと全く相変わらず忙しない日々が続いていたりするが、このお話は此処までで終わりだぞ、あゆ。
「うぐぅ……ボクの出番これだけ?」
〜fin〜
栞「栞です」 椋「椋です」
三○春夫でご……ゲフッ
椋「作者さん伸びてますけど大丈夫ですか?」
栞「足下の『もえたん』が煙吹いてますけど本望だと思います」
それは兎も角
栞「変わり身の術ですか!?」
まあ、そう言ったものです。取りあえず解説を……
椋「そ、そうですね。えーと、この作品は、今(1/6八時頃)さっき降りてきたネタだそうです」
栞「性懲りもなく別のネタで頓挫しているんです。その前に某所のコンペで飛ばされて読まれたり、辛口の毒吐かれたりで凹んでキレ気味だったので、散々な仕上がりになったようです」
まあ、アレはしょうがないとは思うんだけどね……感想は色々だし。
椋「基本的に、葉鍵系の二次創作がウケが良いみたいですね」
栞「その前に、しっかり校正と推敲をして下さいっ!」
ごもっともで……(と言いつつも、そんな暇無しの参謀中佐です)
みずか「ご意見ご感想は、掲示板にかきこみするんだよ」