『”美周郎”がゆく』
構ってやりたくなる奴っていうのが、必ず一人や二人いるもんだ。
それが人徳といえば聞こえが良いが、ヤツの場合何か別の何かいい知れない、奇怪なオーラを発散していたのかもしれない。
俺にしてみれば、ヤツなんて言うことはないただの男友達だったが、どういう訳か周りから頗るモテた。それが男子校って言う特殊な環境下にあったのがヤツにとって不幸だったのかも知れない。
「貰っちゃったよ。食べる?」
そう言ってヤツ渡されたのは、どこぞのファンシーショップで売っているような包装紙にくるまれた何かである。それが山のようにあって、その中の一つを寄越したのだ。
そう言えば……
「今日はバレンタインデーだったな……」
またか、……とばかりにそれとヤツの顔を交互に見ながら溜息を吐く俺を見て、無邪気な笑顔でヤツが言う。
「どうしたの?」
まったく……
「その微笑みがいけないんだな」
と二つ目の溜息。
「なんで」と聞き返すヤツに対して
「分かってない分或る意味犯罪なんだよな」
キョトンとしているヤツの顔は、どっかのギャルゲーに出てくるたい焼き娘や、リボンを付けてスケッチブックで会話するショートカットの後輩みたいに無邪気だった。
……頼むからこいつを何とかしてくれ。
朝一、登校時の下駄箱を開けるとどこかのラブコメ漫画のようにラブレターやファンレターが溢れだしている。そんなことが月に何度もあっても共学ならば笑い話――多少妬まれやっかまれるが――ですむことだ。
しかし、ウチの学校は男子校だぞ。
汗くさい野郎どもが、ファンシーなレターセットを使ってちまちました文字を書いてくる。まあ、それは良しとしよう。問題は内容だ。
『キミの微笑みに胸がときめいています』とか『放課後、あなたの走る姿に愛しさを感じます』とか『萌え萌えです』とか……
……おまえら対象が間違ってるだろう。ギャルゲーやアニメのキャラに萌える方が幾らか健全な気がするぞ。
まあ、それだけならまだいい。
だが、その被害がこの俺にまで回ってくるとはどういう了見だ。剃刀入りの封書――勿論、俺のところに入っているのはヤツ当てのようなファンシーなものではなく、事務用白い封筒だったり、茶封筒だったりする。一度などは、ご丁寧に書留用封筒で手切れ金とばかりに十万程入っていたが、そんな物は当然気持ち悪いので、落とし物として担任に届けて置いた――など日常茶飯事で、いつだったか下駄箱を開けたら、上履きに画鋲がてんこ盛りなんて事もあって、油断していると俺が暗殺されかねない。
俺は連中とは違ってきわめてノーマルだ。
ヤツとの付き合いは、連中が期待するそういう関係ではなく、小学校からの腐れ縁。隣の空き家にヤツの一家が越してきたことが原因だ。
俺の所属していたサッカーチームにヤツが入ってきた。
思えばそこでヤツとウマがあったのが俺にとっての運の尽きだった。
そう言えばヤツは昔から変なモテ方をしていたな。
最初ヤツに目を付けたのは三歳違いの俺の姉貴で、どうでもいいからヤツと友達になって我が家に連れてこいと司令を下した。
結局、すんなりその通りに事は進んだ。
そのあと姉貴から始まって、お袋とか、姉貴の友達とか……気が付くとヤツの噂は口コミで伝わり、いつの間にか俺達の所属するサッカーチームには、私設応援団が出来上っていた。試合があるときには年上の女達が必ず応援に来ていた。勿論、それはヤツ目当てで、チームの応援はついでだったんだが……。
結局それは、小学校卒業まで続き、ヤツが中学で陸上部に入部してからはパッタリと止んだ。
そのかわり、中学では陸上部の主力で全国大会に出場するようになると、今度は先輩からラブレターやら告白やら……ヤツに対する告白はその後二年は続き、そのためのヤツのスケジュールを俺が立てていた時期すらあった。
「おまえ、俺が面倒だから男子校にしろ……」
俺が呆れてそう言うと
「キミがそう言うんだったらそうするよ」
と素直に従う。……つくづく主体性のない奴だった。
もっとも、ヤツのそういったところが、ある種の保護欲を掻き立てるのだろう。取りあえず、男子校にでも行けばそれもなくなる。そう思って、奨めた男子校だったがそれが甘かった。
当然のように彼の弱小陸上部では頭角を現し、地方大会、インターハイへと駒を進めると、学校だけではなく、マスコミも『期待の新星現る』と囃し立てる。
まあ、大会記録をヤツ一人で塗り替えていったんだから当然注目されるわけだな。
で、その結果がこれだった……
「中身のチョコだけは食ってやるが、危険物は自分で処理しろ」
と言って解いた中身の一部、”危険物”の方をヤツに返すと
「うん。わかったよ」
そう言って悪びれ事無くそれを受け取る。
勿論、そいつは呪いのアイテムだ。手編みのマフラーとか手袋とかの類で制作者の念が込められている。しかもそれは只の代物ではなく……送ったのは当然漢だ。しかもそこには似たような呪いのアイテムが他にも五万とあるんだから始末に負えない。
いつぞや、それらをどう処理するのかと聞いたら、ネットオークションでいい値で売れるのだそうだ。案外とちゃっかりしている。
はあ……
また俺は溜息を吐く。ヤツのために吐く理不尽な溜息はこれで何回目だろう。
「……仕方がない。おまえにまともな彼女が出来るまで俺が露払いしてやるよ」
「うん。たのむよ」
おまえなぁ、それまでに俺まで変な世界に引き込まれたらどうするつもりなんだ。
そんなヤツが失踪した。
その理由はヤツを見つけて問いただす必要もなく、向こうから勝手にやって来た。偶然網棚に乗っていた週刊誌に書かれていたのだ。
『脚に出来た骨肉腫』
確かにウチの弱小陸上部の中で際立っていて将来を嘱望されていたから本人の無念と失望の念は計り知れないものがあるんだろう。それを察する出来ない。だけど、その時、俺にだけは本当のことを言って欲しかった。それが友達ってもんだろ。
結局、ヤツから連絡があったのは失踪から数年のち、ヤツが病を克服してからだ。
しかも、最初にヤツの消息を知らせたその封筒がヤツの結婚式の案内状だったんだから驚いた。
最初、ヤツをものに出来たのは何処の野郎だと思ったが、相手はちゃんとした女性だと知ってホッとした。どうやら看護師らしい。だから患者と看護師の……なんて聞いたら、馴れ初めは別にあるらしいから驚いた。
そうそう、ヤツの嫁さんなんだが双子姉妹の妹滅法美人だ。ご多分に漏れず、姉御前もまた極めつけの美人ときていた。
その姉の方とあったのは、結婚式が初めてだったが、俺は思わず式が終わるなり、その場で彼女を呼び止めていた。
後からヤツに聞いた話では、彼女達姉妹の想い人は元々、俺の隣で一人盛り上がっていたパン屋の親父……では無く、その一人娘の旦那。近くで子供をあやしていたのがとても幸せそうな夫婦の亭主の方だそうだ。なんでも、職場の上司と独立して設立したばかりの小さな電気工事会社で専務をしている人らしい。もっとも、彼の話では社長や専務とは名ばかりで、事務は双方の内助の功に頼りっきり、専ら現場に立つ日々だそうだ。
まあ、近寄りがたい雰囲気ではあったが、ヤツに紹介されて話してみるとなかなか家庭的で話の分かる人物。俺が修士過程修了後、経理関係の仕事を探していると漏らしたら、「それならウチへ来ねえか」と三顧の礼で迎え入れてくれた。
彼女達が惚れるのも無理も無い気がする。
その日からの俺は、夜討ち朝駆けにも劣らぬ勢いで、機会があるごとに、彼女(姉の方)に猛攻をかけ続けた。結局、根負けした彼女は今では俺の恋人。結構ベタなくらい仲良くやっている。いっちゃなんだが『人も羨むよな仲』とはこのことだ。だから当然ピアノに問い掛ける必要性は全く皆無だ。
ところで、彼女の名前は「杏」といって三国志の喬姉妹の「喬」の字と音が一緒だ。ひょっとすると、俺が彼女の小覇王・孫伯符になる日も近いかも知れない。先に妹と結婚したヤツの方は差詰め、『盧江郡舒県の周郎こと周公瑾』といったところか。俺やヤツにしてみれば、喩えるのも烏滸がましいくらい役不足なんだが、それしか比喩を知らないのだから仕方がない。偶然にしては出来過ぎた話だ。
マッタクもって、人生どう転ぶかなんて分かったもんじゃない。
ところでこちらでもヤツに言い寄る男いう。彼女から聞いた話だ。ご多分に漏れずというか、予想通りと言うか、困ったもんだ。マッタク……
そういや、妙に寂しげな視線でヤツに秋波を投げかける野郎がいたっけ……。
……ご愁傷様だな。ヤツは至ってノーマルだよ。
あの手の阿呆は、禍根が残って少々厄介になるかも知れんが、取りあえずそこから先は俺の仕事じゃあない。ヤツの嫁さんが何とかすることだろう。
これでやっと俺の厄介事がひとつ片付いたわけだが、どうも釈然としない寂しさある。
……一体何故なんだろうなぁ……。
〜おしまい?〜