君の物語は多分こんな言葉から語られ始めることだろう。

「たぶん君は……」





"RABBUCK"
〜君の人生の物語〜

 



 そう、たぶん君は……

 とある年の誕生日に両親からその本をプレゼントされることだろう。
 未来の地球に関わる本で、五千万年後の生物を描き出している。本来、それは君のような年齢の児童を対象としていない本だ。でも、君のお母さんはそうは思わない。その本の各所を彩る美麗なイラストを見れば、君にも或る程度理解可能だと彼女は判断を下すんだ。
 でもその時、君のお父さんは……
「これは泣き出すんじゃねぇか」
 とたぶん彼は乗り気ではないはずだ。

 何しろ、表紙に描かれている奇妙な動物――その本曰くの進化して陸に適応した蝙蝠だと言うのだが――を見る限り、普通の児童――しかも君のような女の子が好みそうな物では無いのだから。
 しかし、お母さんの視線は別の処にある。
 未来の動物として最初に取り上げられているもの
「ラバックだそうですっ」
 と言ってお父さんが見せられたそのページに描かれていた物それは
「ウサギ……かこれ?」
 面構えはまさにウサギのそれなんだ。
 でも、体型は彼が知るどのウサギとも違っているんだ。
「鹿か……?」
 体型や柄から鹿に似ていなくもないけれど、鹿とも違う。だって頭がどう見ても鹿には見えず、まさに”ウサギ”のそれなんだからね。
「でもねえか……これは一体なんだよ?」
 彼は多分そう言って頭を抱えるんだ。
 すると
「朋也くん。それはラバックですっ!」
 と力一杯君のお母さん言うだろう。そして、お父さんが反論を思いつくよりも先に
「かわいいですっ!」
 と宣言するんだ。
「だんごのことは諦めたのか?」
 君のお母さんはお父さんのこんな一言に対してひとしきり悩んでから、
「やっぱりだんごがいいです」
 と自分に対して念押ししてからこう言うんだ。
「でも、ラバックも可愛いですっ!」

 
 それから後は、お母さんの独壇場だ。気が付いたときには君のお父さんの手にしたその本屋さんの袋の中身には、リボンを掛けられてたその本屋さん包み紙にくるまれた一冊の本が入っているはずだ。もちろん君の両親からの君宛のカードも添えられていることだろう。 
 それは、お父さんの財布にとっては決して優しくない買い物だけど、君を思う気持ちと、君のお母さんが選んだ物だからと言う理由とできっと満足するはずだ。
 
 君が両親からその本を受け取ると、二人の目の前で何が入っているのか確認することだろう。
 そして、君はたぶん両親――専らお母さんのだけれど――の予想通り瞳を輝かせながら喜ぶんだ。
 君は、それを肌身さず持ち歩くことで周囲に示すことになるんだ。
 そして君はきっと、君の通う幼稚園の先生にも見せるだろう。何しろ、彼女もまた、君の一番のお気に入りだからね。
 そして、彼女に向かってそのページを見せてこう言うんだ。

「杏先生っ。ラバックっ!」
 もちろん、そのページは君のお母さんにとって『だんご』の次ぎにお気に入りの物が描かれているんだから君が好きにならないはずはない。
「そう、ラバックって言うの。可愛いわね」
 もちろん先生は、そう言って君にいつもの微笑みかけて頭を撫でてくれる。でもその事が、そこから先の君の人生にとってとても重要なフラグになるなんて彼女もそこまでは窺い知れない。だから、君の杏先生は、その獣に対する率直な感想と君に対する好意を具体化しただけなんだ。

 そして君は同じように君の祖父母にもそうやってそのページを見せてあげるんだ。
「あっきー、さなえさん。ラバックっ!」
「おじいちゃん、ラバックっ!」
 彼らも概ね杏先生と同じ反応を示すことだろう。
 もちろん、君の両親も。

 そうなると君は本当にそれが気に入ってしまう。
 幼稚園でのお絵描きではいつも必ずラバックだ。
 君の杏先生は君に対して理解があったから、いつも変わらず君を抱きしめて頭を撫でてくれる。
 そしていつもこう言って褒めてくれるんだ。
「汐ちゃんは才能があるわ。パパと違ってね」



 そして小学校に入学した君は、また恵まれているんだ。
 最初の担任の老教師は君が描いたラバックを見て少しだけ驚くんだけど
「ラバックだね、岡崎さん。僕もこいつが好きなんですよ」
 と金賞を与えてくれるんだ。このことが君のラバック好きに拍車を掛けることになるはずだ。

 小学校に入学して三年目、君のクラスを受け持つことになる女性教諭は、君に暖かな愛で接してくれる。そして、君の描くラバックを見て君にある種の期待を寄せることだろう。
 そして、その時の君には多分、少しだけ難しい。けれどその後の君の進路にとって、とても有益な情報を与えてくれる人だ。
「昔ね、ダーウィンという人がいたの」
 彼女の話す進化論と遺伝子の話は、君に今までとは違う興味を与えてくれることだろう。
 何故なら
「遺伝子は書き換えること出来るのよ。もしかしたら、汐ちゃんがラバックを作る日が来るかも知れないよね」
 という彼女の一言が君のそれからを決定付けるはずなんだからね。

 それ以後も、君と君のラバックを包み込む環境は概ね暖かく良好のはずだ。

 それでも中には、「ラバック女〜」などと君をからかう男子が現れてくるだろうけれど、そんなことを君は全く気に掛けないはずだ。なにしろ、その時の君は、未来にラバックに出逢う事だけで頭が一杯のはずだから。
 
 そうやって、中学高校と猛勉強し君の入る大学は、遺伝子工学で名の知れた名門だ。大学院では、君の目標としていた遺伝子工学を専攻することになるだろう。そこまで来ると君とラバックの出逢いはもうすぐだ。でもその前に、そこで君はある意外な人と再会することになるんだ。
「……くんなの?」
 もちろん彼は君をからかった男子生徒。でも、その時証される真実は別の処に有るんだ。彼が君をからかったのは、君に好意を寄せていたからで、それは彼にとっての初恋だったと。彼の口から出た言葉は君を驚かせるけれど、君は彼を受け入れて共同研究に勤しむことになるだろう。

 最初の数年間は有益な発見があったりするかも知れない。
 でも、君も彼もそれに納得はしないだろう。
 そんな二人を周りは奇異な眼で見るかも知れないけれど、君達はお構いなしで研究に没頭するんだ。
 そして、五年ほど過ぎるた頃に目途が立つはずだ。でも君達はそれを敢えて公にはしないんだ。なにしろ、新種の生物の誕生には足がかりが出来ただけだったからね。

 研究を始めてから七年後、君達二人は結ばれるんだ。でも、大がかりな式や披露宴は執り行わず、君の両親と同じように入籍だけで済ますことになる。君達二人にはその方があっているはずだからね。
 そして、程なく双子が生まれ、君はそれからの一時期、君の夫にそれまでの研究を託して、幸せな家庭を築く事になるんだ。だけど、君達の子供達が小学校に上がる頃、君はふと振り返るんだ。自分は確かに恵まれているけれど、自分の使命は別にあるはずと。
  
 そして、君は研究に復帰することを決意する。
 もちろん、君の両親や君の夫の協力もあって君は、また君のラバックの為の研究に時間を割くことが出来ることになるだろう。
 折しもその頃、全世界規模でそれまでの家畜が壊滅的な打撃を与えられると言う事件が起こるんだ。
 君達の研究はと言うと、漸く実を結び、跳躍型のラバックが誕生して一群を形成し掛けた頃の話のはずだ。
 各国政府は、君達の情熱を注いだ研究に目を付けるんだ。何しろ、ウサギは食用に向き、そしてその繁殖力は従来の家畜以上だからね。その性質は、君のラバック達も受け継いでいるのだから。
 国連は君の研究を共同プロジェクト言う形に発展させることだろう。君達が望むかどうかに関わらず、君の研究に各国は資金と人材が送り込まれむ事になるはずだ。





 そして、走行型のラバックは君が一生賭けるより早く誕生するんだ。
 ……そう、わずか数年でだ。
 




 そこからは、僕らの知っている歴史。君のラバックを放牧する牧場は、世界各地に建設されることになるんだ。もちろん、表向きの理由は食糧危機に備えてというものだけど、結果的に君のラバック達は世界中に広がっていくことになるんだ。
 でも、僕たち人類にとっての唯一最大の誤算はそこに潜んでいたんだ。
 確かに食糧危機は彼らのお陰で克服できた。だけど、彼らの適応性と繁殖力は僕らが見積もっていたよりも旺盛であり、世界各地で急速に数を増やして、そこから脱走した君のラバック達は、各地の既存の生態系に深刻な影響を与えることになるんだ。それはもちろん、僕たち人類にとってもね。
 そりゃそうだよね。ウサギはヨーロッパ辺りでは元は、人間の畑を食い荒らす害獣で、その繁殖力は駆除しても駆除しきれなかったんだからね。それを受け継いだラバックの生態を制御出来るわけがなかったんだよ。
 そして何より、君のてから君のラバック達を簒奪した者達にとって、それは当然の受けるべき報いなのだろうしね。



 でも、ふと思うことがあるんだ。
 ひょっとしたらこれが――これこそが、君の本当に望みなんじゃないかと。
 だって君が一番望んだことは、彼らの――つまりは、君が描いた絵の中のラバック達が、現実に飛び出して繁栄することなんだものね。

 ……もし仮にそれが五千万年ほど早かったんだとしてもね。

〜fin〜


























……

























「……という夢を見ました」
 とある正月、渚が俺達の前で初夢のことをそう語った。
「テッド・チャンを最近読まなかったかい?」
 父さんがそう言うと
「読みましたっ。とても面白かったんです」
 と渚は楽しそうにそう答えた。
 
 ……

 あれから四十年ほど経つ。
 思い返せば渚の見たあの夢は正夢だった……と言うべきかも知れない。
 何しろあの後、汐への誕生日プレゼントが本当にその本なろうとは思わなかった。案外、父さんも渚もまあ、狙っていたのかも知れない。何にせよ、汐が気に入ってくれたから結果オーライだ。
 
 もっとも、そうじゃなきゃ今頃、ラバックなんてこの先五千万年は存在しちゃいけない存在の筈だしな。
 まあ、渚と汐と二人の孫は喜んでるからそれはそれで良しとしておくとしようか……

(……いや良くないかも)


→Continued on Next Rock


詩子「あれ澪ちゃんどうしたの? あっ分かった。ソワソワしてお手洗いに生きたいんだね」

澪『違うの』

茜「解説をしたいんですね」

澪『そうなの〜』

詩子「そうなの。それじゃ解説は澪ちゃんに一任するからねー」 

澪『任せてなの!』

カキカキカキ

澪『この文章は”あなたの人生の物語”のパロディーが含まれているの』

茜「それではクロスになりませんか」

澪『大丈夫なの。あくまで文体をパロっているだけなの。そして、ラファティーのパロディーもあるの』

詩子「最後の『→Continued on Next Rock』ね。どういう意味なの?」

澪『”次の岩につづく”なの。未来を暗示する夢堕ち展開を、最終的に出来ていない地層を掘り返すラファティーの名作に自虐的に引っかけたの〜』

詩子「あくまで自虐的なのね……それって悲しいよね」

茜「……そうですね」