〜Dear My Friend〜
……もちろん
その時、故郷を離れることについては何かしら残念な気がしたさ。
実家に残す芽衣の事は心配だったし、それほど多くはないにしろ何人かいた悪友どもと別れるのは案外辛いものだと感じたからだ。
今でこそヘタレだ何だって言われながらも、何とかトモダチっていえる奴がいるけれど、推薦で入った頃に所属していたサッカー部の奴らは周りをけ落とすことしか考えてない連中で、そんな奴らのために、大立ち回りをした僕の方が馬鹿だったんだ。
大立ち回りをした後に呼び出された指導室で、幸村のジイさんに引き会わされたのが、やっぱりボロボロになった岡崎だった。
なんだか、こいつも僕と似たような臭いのする奴だった。
心の中に諦めを抱えてるって言うのかな、そんな感じ。
その理由が親子の確執にあって原因が上がらない右肩にあるって聞かされたのは結構後になってからの話だ。
「ふうんそれで?」
原因さえ分かれば別に何も不思議じゃない。
それに、分かろうが分かるまいが、岡崎は岡崎。それ以外の何でもない。
同情したところで事態が変化しないのは僕の場合と同じだから聞き流してやった。
「変わってるな」
良く聞いてみると、同情されて、だからといってそこで日常が終了したり事態が改善することはあり得ない。だけど、同情した奴は奇異の眼で見るようになるから後々までお互い気を使う面倒な付き合いを継続しなきゃ成らなくなるのがいやなんだそうだ。
なんて事はない。
僕たちは不良なんて言われているけど、あいつの中身は少なくとも周りの偽善者じみた連中よりは腐っちゃいない。それが分かっただけでも十分収穫だったと思うよ。
その日以降、ちょくちょく寮の僕の部屋に上がり込んでは何をスルでもなく、ダベッたり、そこらに放置してある漫画雑誌や単行本を読み散らかしたりして過ごす日々が始まった。岡崎の奴が変わっているのは、必ず夜中になると帰宅するということだ。
いつぞや、こう訊ねてみた。
「岡崎。おまえさぁ、必ず夜中にいったん帰るよね。泊まった方が楽じゃない?」
すると
「春原が伝染るのがいやなんだよ」
というので
「僕はインフルエンザか何かですかねぇ!」
と突っ込んで置く。
これはもちろん岡崎のアイツなりのジョークの一つで何処までが本心だか分からないが、多分に冗談なんだろうと思う。本当のところは、あいつにとってのけじめみたいなもんで、親父さんが寝静まって会話しなくてもいい時間帯に帰る為の方便だってことぐらい、流石の僕でもそれぐらいは察している。
そんな感じで夜中まで起きてるから、俺もあいつも遅刻の常習犯。
午後の授業から堂々と入室してさも今までいた様な顔をする、なんて事は日常茶飯事だったから成績なんかは聞かない方が身のためだ。
そして、たまに真面目に授業に出たところで、聞こえてくる教師の声は子守歌程度にしか聴こえてこないから、教師に言わせると、卒業ぐらいはさせてやるから授業の邪魔だけはしないでくれというのが本音だったろうと思う。いや、実際そう言われたこともあったよ。
そんな岡崎の奴が変わりはじめたのは、三年生の四月になってからだった。
原因は……女だ。
普段、一般生徒は面倒事に成ることを極端に嫌い、あいつや僕に関わろうとしない。関わってくるのはいつも特定の奴、二年生のクラスで一緒にだった藤林杏ぐらいだった。
杏の場合は或る意味特殊で、女にしておくのは勿体ないくらい肝が据わっていて、僕をからかいがいのあるパシリぐらいにしか考えていないフシがある。まあ、あれで手が出なければ男らしい女ってぐらいで好感が持てるが、だからといってそんなことを口にした日には命がいくつ有っても足りやしない。
藤林って普通じゃないよ……って思ったら、芽衣曰くが「伊賀の上忍の家系だって」だと思った……。……普通はそんなことは思わないかも知れないが、奴の場合、満更間違っても……ていうより、多分真実だよね!
忍者か。どおりで……
取りあえず、その話は向こうに置いておく。
話を戻すと、俺達に関わろうなんて酔狂な奴らは、必要性から不本意ながら声を掛けてくる一部の教師か、杏クラスの物好きぐらいだの筈……だった。
しかしだ。
奴に彼女が出来たのだ。
それに気が付いたのは四月の半ば頃で、どうも遅刻してきたときに偶然であったらしい。
偶然とは恐ろしいもんで、ほぼ毎日顔をつきあわすことになり、昼休みなどは中庭で談笑しながら食っていた。変われば変わるものだ。
遅刻は減るし、何事も諦観して興味が湧かなかったはずのあいつが、渚ちゃん――岡崎の彼女の名前だ――と関わってから、彼女の夢に手を貸すなんて言い出す始末だった。
ご多分に漏れず、当然のように僕も巻き込まれる運命……ああ、もう一人いたっけ。僕のことを変な人扱いする訳の分からないちびっこ、確か伊吹風子っていったかな?
兎に角、俺とその風子を加えた四人に幸村のジジィまで巻き込んで、本気で廃部になった演劇部を再建する活動を始めてしまう始末だった。
もっとも、僕もそんな岡崎の変わり様に嫌気を指した訳じゃなくてそんなヤツのことが羨ましかったりする。案外、世話好きはあいつの本来の姿なんじゃないだろうか。芽衣がきたときも、あいつに結構世話になったし。
あれからもう何年か立って、帰郷して就職した僕だけど、故郷は本当の僕の居場所はじゃないような気がしてくる。
そういえば、岡崎のやつはどうしているだろう。
地元で就職して、何年もしないうちに渚ちゃんと結婚して、子供が出来たのは知っている。一人娘の汐ちゃんだ。
故郷であいつらのことを考えて悶々と過ごしていると、今度は会社が潰れた。これから、どうやって過ごそう……なんて考えていると、何処からかそれを聞き付けた岡崎から連絡があった。「丁度いいから久しぶりにこっちに来い」と言うアイツ。もちろん、僕に拒否権はないし拒否する理由もなかった。
暫くぶりに訪れると汐ちゃんが今年小学校に入学することを聞かされた。この間、生まれたばかりだと思っていたら早いもんだ。それより驚いたのは、汐ちゃんの成長振りよりも、渚ちゃんの若さの方だった。未だに以前と変わらず、……いや以前にも増して若々しかったんだ。彼女のお母さんも未だに若々しいから、何か遺伝的な秘伝があるのかも知れない。
汐ちゃんも、渚ちゃんに益々似てきたが、気にくわないのは僕を「変な人」扱いすることだ。
おかしい……なんて思っていたら、どうやら風子に吹き込まれたらしい。それを訂正しない岡崎も岡崎だ。どういう教育しているんだよ!
そう言えば、藤林杏にも会った。汐ちゃんの幼稚園の担任だそうだ。腐れ縁ここにきわまれりと言ったところだ。
「陽平もヘタレなら潰れた会社もヘタレね」
「よけいなお世話じゃないですかねえ!」
相変わらず、技のキレは冴えていて、飛んできた辞書は僕の顔にあと一糎でブチ当たる処だった。
それを一切止めようとしない岡崎もいつものことだったけど、渚ちゃんや汐ちゃん、風子、そして芽衣まで笑いながらその状況を見ているのはどういう了見ですかねぇ!
何にしても、今何となくホッとしているのは、やっぱりこれが僕の居場所なんだなって気がするからだ。
そうそう、再就職だけど、渚ちゃんの斡旋で実家のパン屋の住み込みを紹介してくれた。今の僕にとっては、とても有り難かった。苗字は替わっても、やっぱり渚ちゃんは優しい。
そんなこんなで、色々あったけど、また、岡崎やその周りの連中とドタバタやっている。
昔みたいにヘタレた生活を送る気はないけど、やっぱりあいつらと一緒にこの街にいるのが僕の性に合ってると思う。
やっぱり持つべきもんは友達だよなと、岡崎にいうと帰ってきた言葉は……
「春原って、おまえ友達だったのか」
〜めでたし、めでたし?〜