夢のかけら… ホクの夢のかけら… ずっと探し求めていたもの ソレハキット… <1> …雨… …見知らぬ街角… どうして、ボクはここにいるんだろう。 ふと気がつくと、ピンクの傘を差した女の子が一人佇んでいる。 ひとけのない空き地にぽつんと一人きり…。とても寂しげだった。 でもどうしてだろう、何故かボクと似ているように感じる。 同い年ぐらいの女の子…なんでそう思うのだろう。 「どうしたの…」 ボクは女の子に声をかける。 女の子はゆっくりと振り返る。 「…待っているんです」 「うぐぅ…?」 腰まである左右の雨に濡れたおさげが、振り返った拍子に揺れる。女の子の目は潤んで赤かった。 だけど、とてもすんできれいなひとみ。 そして、ちょっとだけ間をおいて 「…ここでいなくなったあの人を…」 一呼吸おいて 「待っているんです。それが浩平との約束だから」 今度はしっかりした口調でそう答えた。どこか寂しげだった。 待っているんです…。 そうか、ボクと一緒なんだ。 必ず、また会えるって信じて… 一人街角で… 「うぐぅ…ボクと同じだね。ボクもすっと一人で待っていたから…」 「…待つのは嫌い…?」 女の子はボクに傘を差し掛けながら問いかけた。 「ボクは嫌いだよ」 「私も…嫌です…」 「そうだね。ずっと待っているのは嫌だよね。でも…」 ボクは女の子に言う。 「きっと、また会えると思うから待っているんだよ」 そう、ボクもちょっとの間だけだけれど、祐一君と再会できた。でも… 「…そうですね。きっと…」 「そうだよ。きっと還ってくるよ。その人だって…」 「でも、ボクは捜し物を見つけちゃったから…もう祐一君とは会えないんだ…」 涙が頬を伝って来る。 「…あなたも、きっと、またその人に会えますよ。…出なければ悲しいです」 女の子はそう言うと、自分のハンカチを制服のポケットから取り出してボクにハンカチを手渡した。 「…うぐっ、うぐぅ…ありがとう。えっと…」 溢れる涙で目が開かなかった。 『そう、君は還らなくちゃいけないんだよ。君は、<永遠の盟約>を結んだのではないのだから…』 次に目を開けたとき、ボクは見知らぬ病室にいた。 「…ココハ…」 白衣のお医者さんや看護婦さんが僕の周りを取り囲んでいた… 機械の中にボクはいた。みんな、驚いていた。 …奇跡だって… ボクの右手にはしっかりとハンカチが握りしめられていた。 …時は流れて… ボクは佑一君と人を待っていた。駅前の懐かしいベンチで。 「そんなことがあったのか」 ボクが、その不思議な−夢の中の出来事が、実は現実だったって聴かされたときの驚きと同じく らい驚いたんだ−出来事を祐一君に話したのは、今日が初めてだった。 「それでね、これがそのハンカチなんだよ」 ボクは、シンプルだけどセンスのいい女物のハンカチを祐一君に手渡した。 「この角にある『A・S』って言うのはイニシャルかな…ン、なんか引っかかるなぁ…」 佑一君は、ちょっとだけ頭を傾げて考え込んだ。 「うぐぅ、見覚えがあるの?」ボクは、祐一君の顔をのぞき込む。その時… 「よう、相沢!待たせたな」 陽気なその声にボクと祐一君は、同時に振り返った。 「折原…変わってないな、お前…」 後ろには、背格好は佑一君と同じくらいの背格好の男の子が経っていた。 「あゆには紹介していなかったな。こいつが前の学校の悪友の『折原浩平』。これが、俺のうちの 居候の『月宮あゆ』」 「よろしくな。けど、悪友はひどいンじゃないか」 「うぐぅ、そうだよ。それに『居候』は祐一君もだよぅ…」 ボクと浩平君は同時に抗議した。 「あゆとは、案外ウマが合うかも知れないなぁ」 「そうだね。よろしく、浩平君。」 「でも、浩平は抗議できませんよ」 その横から、腰までのきれいな髪を左右に編んだを女の子が浩平君をたしなめる。 ボクはその女の子に見覚えがあった。 夢で出合った女の子… 「…待たせたのは…浩平だから…」 寂しそうな顔でそこまで言うと、ほほえみと共に付け加えた。 「悪友といわれても文句言えません」 「里村、お久しぶり」 「お久しぶりです」 『里村』さんは、祐一君に行儀良くお辞儀をした。 「あゆ、この子が折原の彼女の…」 「里村茜です」 しっかりした口調で祐一君が紹介する前に答えた。 「!?」祐一君の動作が一瞬止まった。 「折原、里村って前から、こうだったっけ?」 「まぁな」すました顔で言う浩平君。 「浩平に鍛えられましたから」  笑顔で答えた。そこにあのときの悲しみの色はなかった。 「これ里村の?」  祐一君はボクが渡したハンカチを茜さんに渡した。 「そうです。でもどうしてこれを持っているの」 「ボクが…預けたンだ…」 「あゆさん…。もしかしてあのときの…」 一人待ち続ける雨の空き地 佇む私の手の中に舞い込む柔らかな羽 天使の翼を持つ少女 そして…時計は再び時を刻み始めた… <2> 「うぐぅ…秋子さん、茜さぁんこのあとどうするの〜」 『お鍋が、火事なの〜』カキカキ 「…落ち着くんだよ〜。澪ちゃん」 「賑やかで嬉しいわ」 澪と詩子が水瀬家に到着したのはその翌日夕方のことである。 「家族が増えて楽しいわ。それでは今日は何かご馳走しましょうね」 この家の主人、水瀬秋子さんの鶴の一声でご馳走造りが決まり、食事の準備が始まった。 私達は、お料理の手伝いをすることになった。  澪は到着そうそうにもかかわらず腕まくりをして、私と一緒に秋子さんの手伝いに参戦したのだけれど、 今は、あゆさんと一緒に食材と乱闘している。台所は、さながら戦場の様相を呈していた。 浩平と詩子は、相沢君と一緒にテーブルのセッティングを早々に完了させて、今は三人で雑談している。  相沢君の従姉妹で秋子さんの一人娘の名雪さんは、多少マイペースだったけれど着々と順調に作業工程 をこなしていく。 「茜さん、あゆの方をお願いします。あっ、澪ちゃんそれはこうやって…」 秋子さんは自分の仕事をこなしながら、戦場と化した台所で何事もなかったように的確に指揮している。 『凄いの』カキカキ 「うぐぅ…、茜さぁん…」 夕食、入浴、団欒… 気がつくともう深夜近く。 アルコールのためか、普段より騒いだような気がする。あまりを見ると澪と名雪さんがすでに寝入って いた。 「仕方がない…。こいつは俺が担いで行くから…。…こいつこうなったら、朝まで起きないからな。折原 は、この子頼む…。それじゃいくぞ…って、おい、あゆもだよ…」 「うぐぅ…」 「それじゃ何処へ運べばいい?」 「そうだなぁ…」 名雪さんを背負った相沢君のあと、澪を背負った浩平が続く。 「大丈夫か…、茜は。」 「私は、大丈夫です。」 「あたしはどうなるの!」 「好きにしろ。」 詩子は、浩平のいつもの仕打ちにひとしきり抗議をしたが、結局あきらめて、澪を背負った浩平のあと に続いた。そのあとから、あゆさん、そして、私が続く。 楽しい時間は過ぎていく…。  秋子さんはあゆさんの部屋に、三人分の布団を用意してくれていた。 浩平は澪を布団に押し込むと、 「それじゃ後は頼んだ。おやすみ、茜…」 といい残して部屋を出ていった。 私と詩子が床につくと、詩子がふと呟いた。 「クリスマス以来だよねえ。こんなに騒いだの。楽しかったね」 「一番騒いでいたのは詩子です。でも今日は、本当に楽しかったです」 私は、今日のお祭り騒ぎは掛け値なしで本当に楽しかった。このまま、ずっと、この楽しい時間が続け ばいいと、本当に、そう思っていた。 すると、詩子は思い出したように 「あれ?そう言えば、去年の澪ちゃんの家でやったクリスマス会…折原君はいたんだっけ?」 私は、少し悲しくなった。 「…詩子。ちょっと風に当たってきます」 何となく、私の感情を察したらしく詩子は 「…そう。じゃ、私は先に寝るね」 そういって私を一人にしてくれた。 「はい、お休みなさい…詩子」 「…なんだかわからないけど、あまり思い詰めないでネ、茜」 「…ありがとう…詩子」 今は、詩子の優しさに素直に甘えることにした。 私は、サッシを開けてベランダにでて、前屈みに手摺りにもたれかかった。 私は悲しかった。 浩平がいなかった空白の時間… 詩子は、その間、浩平がいなかったことさえも忘れている。詩子は悪気があっていったわけではないの だけれど、それは…私の心癒えかけた傷をえぐるのには充分だった わかっているはずっだった。理解しているはずだった。理性では… でも、感情は違う。 幼なじみが消えて、それを浩平の言葉で受け入ることが出来るまでの間の悲しみ、浩平がいなかった空 白の時間の悲しみ…それらと同じぐらい悲しかった。 多分それは、また浩平が消えてしまうかも知れないと感じる不安な心の裏返しなのかも知れない。そん なことはもう絶対ないとわかっているのに…、心の奥底では時々、そんな恐怖に駆られることがある。 私は、そんなことをあれこれと考えながらふと空を見上げた ちりぢりの薄い雲間の月と星。 その優しく照らす月の妖光が、今の私にはとても眩しかった。 少しだけ暖かくなった雪国の五月の春風に身を任せながら、私は星々の声を受け止めようとしていた。 …ガラ… 遠慮がちに、サッシが開く音がする。隣の 部屋からだ。確か、名雪さんの部屋で、昨日は私が、そして今日は、私たちに部屋を明け渡したあゆさん が名雪さんと一緒に寝ているはずだった。 名雪さんは、相沢君のいう通り起きることはないだろう、…多分…たとえ家が火事になっても…。 …それならば… 「…あゆさんですね」 私は、振り向きざまに静かに名前をあてる。 「うぐぅ、茜さん…どうしてボクだとわかったの?」 「それは…」 単純な消去法から導き出した答えだったのだけれど、私は少しだけ思わせぶりに答えてしまう。 「…秘密です」 「うぐぅ…。」 少しだけ拗ねてから、 「今晩は暖かいね、茜さん」 あゆさんも、私の隣に並んでそう呟いた。 「そうですね」 「茜さん…」 「…何…?」 「きいてくれる?ボクのお話…」 「いいですよ。…なんの話ですか?」 「一人の待ち続けた女の子の話」 「…。」 あゆさんは、拙い言葉を綴りながら語り始めた。 「昔、この街に大きな木がありました…」 街中何処からでも見渡せるほどの大きな老木。 女の子は、いつでも木に登って夕焼けの街を望んだ。街を一望出来るその特等席がお気に入りだった。 女の子には一番の友達がいた。 それは、悲しみの淵から救い出してくれた男の子だった。 男の子は何でも願いを叶えてくれる人形を 女の子に与えた。 その人形は女の子の願いを二つだけ叶えて、お菓子の瓶の中で三つ目の願いを待ち続けた。 男の子と別れる日、女の子はお気に入りの場所で、男の子を待ち続けた…。 男の子が、女の子へのプレゼントを抱え老木を訪れたその時、 悪戯な風が彼女を弄び そして、雪を赤く染めた… 男の子の記憶を封じて… 女の子は、夢の中で来るはずのない男の子を待ち続けて… …そして… 『…忘れてください…』 多分それは、女の子の本心ではなかったはずだ。だからこそ、彼女はここにいる。 三つ目の願い彼女の本心を聞き届けて… 「…あのとき…茜さんに出会わなかったら、今頃ここにはいなかったかも知れない。何となくそんな気がする。 うぐぅ…ありがとう…」 あゆさんは、私の胸の中で泣き崩れた。 私は、彼女の頭を軽く抱きしめることぐらいしか出来なかった。何故なら、あのとき本当に救われたのは 私自身なのだから…。 待ちつかれて、崩れそうな心を励ましてくれたんだから… 「うぐぅ…茜さん。お母さんみたいだね」 「どうして?」 「ボクのお母さんもこうやってくれたから。秋子さんもそう、だから…」 「…嫌です…」 私はそう言って微笑んだ。 「どうして?」 「だって、…あゆさんは、私にとって大切な友達ですから。詩子や澪と同じくらいに大切な…」 救ってくれた人。浩平の次に私を救ってくれた大切な…だから。ずっと友達でいたかった。 「うぐぅ…そうだね。大切な友達だね。これから、ずっとずっと…」 そう、悲しみの闇から帰還したものは、二度と暗闇へ帰還することはない。 浩平が、また永遠の闇にとらわれることがあるはずはないだろう、何となくそう思う。 …「あゆ」というこの優しい友達から、そんなことを教わったような気がする。  見つけた夢のかけら 見上げると眩しい月光 優しい妖光の調べのもと …星が降る夜だった <3> オーブンからいい香りがする  焼きたてのクッキー。 「碁石…じゃないみたいだな、でも味はどうだ」 出来上がったクッキーを食卓の前に持っていくと祐一君がそう言った。 「うぐぅ…ひどいよ。茜さんにちゃんと教わったんだから…」 「茜が教えたのか。それなら大丈夫だろ」と浩平君。 「はい、自信作ですから。ですよね、あゆ」 「うん。もちろんだよ」 ボクは、胸を張って答えた。 『これおいしいのー』 「茜、あゆちゃん、これいけるわ」 澪ちゃんと詩子さんは喜んでくれる 「あゆちゃんは、作り方を知らなかっただけですよね」そういって、秋子さんがほめてくれた後、 「祐一も食べるんだよ」名雪さんが祐一君にに奨める。 祐一君は、恐る恐る一つ摘んで… 「うっ…、こっ、これは…」 ちょっと失礼で多げさなリアクションをした後、 「…食えるな。結構いけるぞ」 ボクと、茜さんは顔を見合わせてお互いに笑った。 穏やかな午後の日差しの中、これからの幸せを確信して… …だから… …『ずっと、ずっと大切な友達だよ』…